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第281話 秋艶68
口移しに水を飲ませ、喉の乾きを充分に潤した後、智也は祥悟を抱き起こした。
「もう少し、ここで休んで行くかい?それとも」
「あのさ。おまえんとこ、行っても…いい?」
顔色は少し良くなり、口調もいつもの調子を取り戻してはいるが、祥悟は水を飲んだ後もこちらの袖を掴んでいた。
まだ少し不安なのだろう。
彼にしては珍しく、ちょっと遠慮がちなその言い方に、智也はにっこり笑って
「もちろん、いいよ。今夜は君を1人にしておく方が俺も心配だからね。ただ、明日は午前中、仕事で居ないけど……大丈夫かい?」
「んー。平気。ガキじゃねえんだし?」
祥悟は照れたように目を逸らす。
いつもより甘えているという自覚があるのだろう。そんな素直じゃない憎まれ口も、祥悟が普段の調子を取り戻してきているのだと思うと、嬉しかった。
「よし。じゃあ、君の服を取ってくるよ。待ってて」
智也は祥悟の背をぽんぽんっと軽く叩いて、ベッドから降りた。
「智也」
「ん?なんだい?」
「んーとさ……いろいろ、ありがと。おまえ今日、いてくれて……よかったし」
智也は微笑んで頷き、うっかり涙腺がゆるみそうになって、慌てて彼に背を向けた。
ロケ地を出て、マンションに向かう車の中で、祥悟はずっとうつらうつらしていた。時折はっと目を覚まし、確認するようにこちらをちらっと見て、何事もなかったように澄まし顔で前を向く。
横目に映る彼のそんな様子を、智也は気づかないフリをしてハンドルを握っていた。
祥悟をあんなにも苦しめている過去の記憶が、気にならないわけがない。
でも彼は、いつか話せるかも、と言ったのだ。
それは彼自身が自分で気持ちの整理をつけなければいけないと思っていて、今はまだその時ではないということなのだろう。無理に吐き出させてしまうことも考えたが、智也はそっと待つことに決めた。
途中のスーパーで飲み物と食材を少し買い足して、車に戻る。
祥悟はシートを倒して、ぐっすり寝入っていた。運転席に座り、静かに車をスタートさせながら、智也はふと、さっきの祥悟の言葉を思い出した。
別の日に撮ってもまた同じことになる。
祥悟はそう言っていた。
疲れやストレスが溜まっていて身体も心も弱っていたから、昔のトラウマが顔を出したのだと思っていた。でも、違うのだろうか。
今日の撮影での何かがきっかけになって、祥悟はパニックを起こしたのか。
だとしたら、それは何だったのだろう。
ロケでの記憶を辿りながら、智也は運転を続けたが、マンションに着くまで、心当たりになるようなことは何も思いつかなかった。ただ、そのことがずっと心に引っかかって仕方がなかった。
「祥。そんなとこで寝ちゃダメだよ。寝るならベッドに」
「寝てねーもん。横になってるだけだし」
祥悟は大きなクッションを抱え込み、その上に顎を乗せてこちらを睨んでくる。
リビングに入るなり、服をぽんぽん脱ぎ捨てて、タンクトップと下着姿でソファーに寝そべってしまった彼の、無防備な姿がものすごく目に毒だ。
智也は大きなため息をつくと、リビングの奥の棚から使っていない大きなタオルケットを取り出して、祥悟の身体にバサッと被せた。
「じゃあせめて、これに包まってて」
祥悟は不満そうにちらっとこっちを見たが、何も言わずに大人しくタオルケットを被っている。
「なあ、明日って何時にここ出んの?」
「ちょっと早いかな。7時過ぎには出るよ」
「ふーん……」
祥悟はなんだかつまらなそうに鼻を鳴らすと、完全にソファーに寝っ転がり、頭からタオルケットを被ってしまった。
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