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第284話 秋艶71

マンションに戻ったが、祥悟はまだ来ていなかった。智也は部屋着に着替えると、ソファーにドサッと腰をおろした。 昨日は結構ハードな一日だったのだ。 昼間は初めて見る祥悟の苦しむ姿に気を揉み続け、夜にパニックが治まった後も、また発作を起こさないか、悪夢を見てうなされないかと、隣に眠る祥悟が気になって、一晩中熟睡出来なかった。 昨日、祥悟に貸したタオルケットが、ソファーの隅に畳んで置いたままになっている。 ……少し……横になるかな。 祥悟がかけてきたらすぐ分かるように、携帯電話をテーブルに置いて、智也はタオルケットを被ってごろんと横になった。やはり疲れていたのか、目を瞑ってしばらくすると、知らぬ間に眠ってしまったらしい。 夢を見ていた。 小さな男の子が、道端でしゃがみこんで泣いている。 迷子かと思って近づくと、男の子は怯えたように顔をあげた。 真っ赤に泣き腫らした大きな瞳。 ぽろぽろと零れ落ちる涙が痛々しい。 「どうしたの?迷子かな?お母さんは?」 そっと歩み寄りながら声をかけると、男の子は後ずさりながら首を横に振った。 「大丈夫。心配要らないよ、祥」 思わず名前を呼んでから、夢の中ではっとした。 ……そうだ。この子は祥だ。どうしたんだろう。こんなに泣いて。 智也はその場にしゃがみこんで、男の子と同じ目線になり、安心させるように微笑んでみた。 「お母さんがいないの?祥。一緒に探してあげるから泣かないで」 「かあさん……いない。りさも、いなくなっちゃう」 「里沙さんならいなくなったりしないよ。ほら」 智也はそう言って、後ろを振り返って指差した。 「里沙さんならあそこにいるよ」 何も答えない男の子の方をもう一度見ると、消えていた。智也は焦って立ち上がり、辺りを見回す。 「祥?どこに行ったの?祥」 祥、と名前を呼ぶ自分の声で、唐突に目が覚めた。心臓が早鐘のように鳴っている。 「あ……夢、か……」 思わず呟いて、ソファーから身を起こした。 手を伸ばして、携帯電話を見る。 時刻は18時を少し過ぎていた。 知らぬ間に、3時間近くぐっすり眠ってしまっていたらしい。携帯電話に祥悟からの着信通知はない。 嫌な気分だった。 夢の記憶は薄れていくが、逆に不安がつのっていく。どうして祥悟は電話をかけてこないのだろう。 もしかしたら……あの発作がまた起きて、誰にも気付かれずに苦しんでいるのかもしれない。 うっかりしていた。 祥悟がいくら大丈夫だと言っても、仕事上がりに迎えに行く約束をしておけばよかったのだ。 ピンポーン。 不意に玄関のチャイムが鳴った。 間を置かずにチャイムが続けざまに鳴る。 ……祥か? 智也は立ち上がると、慌てて玄関に向かった。 急いでチェーンを外してドアを開ける。 「祥っ?」 そこに立っていたのは、やはり祥悟だった。 目が合うと祥悟はバツが悪そうに目を逸らす。 ふらつきながら近づいてきて、ドアの枠に手をついて寄り掛かり 「ごめん。遅く、なって」 言いながらガクンと項垂れ、ズルズルとその場に蹲りそうになる彼に、智也は慌てて駆け寄った。

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