284 / 349
第284話 秋艶71
マンションに戻ったが、祥悟はまだ来ていなかった。智也は部屋着に着替えると、ソファーにドサッと腰をおろした。
昨日は結構ハードな一日だったのだ。
昼間は初めて見る祥悟の苦しむ姿に気を揉み続け、夜にパニックが治まった後も、また発作を起こさないか、悪夢を見てうなされないかと、隣に眠る祥悟が気になって、一晩中熟睡出来なかった。
昨日、祥悟に貸したタオルケットが、ソファーの隅に畳んで置いたままになっている。
……少し……横になるかな。
祥悟がかけてきたらすぐ分かるように、携帯電話をテーブルに置いて、智也はタオルケットを被ってごろんと横になった。やはり疲れていたのか、目を瞑ってしばらくすると、知らぬ間に眠ってしまったらしい。
夢を見ていた。
小さな男の子が、道端でしゃがみこんで泣いている。
迷子かと思って近づくと、男の子は怯えたように顔をあげた。
真っ赤に泣き腫らした大きな瞳。
ぽろぽろと零れ落ちる涙が痛々しい。
「どうしたの?迷子かな?お母さんは?」
そっと歩み寄りながら声をかけると、男の子は後ずさりながら首を横に振った。
「大丈夫。心配要らないよ、祥」
思わず名前を呼んでから、夢の中ではっとした。
……そうだ。この子は祥だ。どうしたんだろう。こんなに泣いて。
智也はその場にしゃがみこんで、男の子と同じ目線になり、安心させるように微笑んでみた。
「お母さんがいないの?祥。一緒に探してあげるから泣かないで」
「かあさん……いない。りさも、いなくなっちゃう」
「里沙さんならいなくなったりしないよ。ほら」
智也はそう言って、後ろを振り返って指差した。
「里沙さんならあそこにいるよ」
何も答えない男の子の方をもう一度見ると、消えていた。智也は焦って立ち上がり、辺りを見回す。
「祥?どこに行ったの?祥」
祥、と名前を呼ぶ自分の声で、唐突に目が覚めた。心臓が早鐘のように鳴っている。
「あ……夢、か……」
思わず呟いて、ソファーから身を起こした。
手を伸ばして、携帯電話を見る。
時刻は18時を少し過ぎていた。
知らぬ間に、3時間近くぐっすり眠ってしまっていたらしい。携帯電話に祥悟からの着信通知はない。
嫌な気分だった。
夢の記憶は薄れていくが、逆に不安がつのっていく。どうして祥悟は電話をかけてこないのだろう。
もしかしたら……あの発作がまた起きて、誰にも気付かれずに苦しんでいるのかもしれない。
うっかりしていた。
祥悟がいくら大丈夫だと言っても、仕事上がりに迎えに行く約束をしておけばよかったのだ。
ピンポーン。
不意に玄関のチャイムが鳴った。
間を置かずにチャイムが続けざまに鳴る。
……祥か?
智也は立ち上がると、慌てて玄関に向かった。
急いでチェーンを外してドアを開ける。
「祥っ?」
そこに立っていたのは、やはり祥悟だった。
目が合うと祥悟はバツが悪そうに目を逸らす。
ふらつきながら近づいてきて、ドアの枠に手をついて寄り掛かり
「ごめん。遅く、なって」
言いながらガクンと項垂れ、ズルズルとその場に蹲りそうになる彼に、智也は慌てて駆け寄った。
ともだちにシェアしよう!