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第285話 秋艶72
抱えあげた祥悟から強烈に漂ってくるのは、酒の匂いと……キツい香水の匂いだった。智也は思わず眉をひそめ、祥悟の顔を覗き込んだ。
「祥……君、酔ってるの?」
こんな時間から足元も覚束無いほど酔うなんて。
いったい何時から呑んでいたのだろう。
何処で?……誰と?
「んー……酔ってない」
酔っぱらいは皆んなそう言うのだ。
でも間違いなく酔ってるじゃないか。
君はそんなにお酒、強くないくせに。
智也はイラッとして内心突っ込みながら、彼の身体を支えてリビングに連れて行った。
祥悟はソファーにドサッと崩れ込むように腰をおろすと、ふぅ…っと大きなため息をつき
「なあ……水、ちょうだい?」
智也は無言で彼を見下ろすと、踵を返してキッチンに向かった。冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出しドアを閉める自分の手が、すごく乱暴になっている。
心配したのだ。またあんな風にパニックを起こして、人知れず苦しんでいるんじゃないかと。
それなのに昼間から酒を飲んでいたのか。
それも……おそらくは女と。
いったい何処で?
心の中のもやもやが、黒く渦を巻く。
祥悟の所に戻って、ペットボトルを目の前に差し出した。彼は顔をあげ、とろんとした目でこちらを見ると、首を傾げた。
「飲ませて、くんねーの?」
「自分で飲めるだろう?」
智也はキャップを外すと、彼の手にペットボトルを押し付けた。祥悟は素直に受け取り、それ以上は何も言わずに、口をつけて一気にあおる。
勢いよく飛び出た水が、口の端から零れて彼のシャツを濡らした。
智也は踵を返し、少し離れたダイニングの方の椅子に腰をおろす。酒の匂いも香水の匂いも、感じずに済む距離に。
祥悟は口の端を袖でぐいっとぬぐって、飲み終えたペットボトルをテーブルに置いた。はぁ……っと大きな吐息を漏らし、背もたれに沈み込む。
そのまましばらく、どちらも口を開かなかった。
重苦しい沈黙が流れる。
いや、この沈黙を重苦しいと感じているのは、きっと自分だけだ。
もしかしたら祥悟は、寝てしまったかもしれない。
彼の顔を見ていたくなくて、智也はそっぽを向いていた。
「なあ、怒ってんのかよ」
沈黙を先に破ったのは祥悟の方だった。ちょっと遠慮がちな声が聞こえてきて、智也はちらっと横目で彼の方を見た。
「別に、怒ってないよ」
「怒ってんじゃん。さっきから口きかねえし」
「怒ってはいない。心配していただけだ。何度も電話したのに、君から連絡がなかったからね」
「……ごめん」
ああ、嫌だな、と思った。せっかくの2人きりの時間なのに、こんな会話はしたくない。彼の行動を束縛するような、愚痴めいたことは言いたくなかった。
「無事でよかったよ、祥」
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