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第288話 秋艶75
智也は祥悟を引き寄せ、ぎゅっと抱き締めた。
昨日の撮影現場で見た時より、祥悟のパニックが酷い。前に悪夢にうなされていた時よりも。
いくら声をかけても、なかなか正気に戻ってくれない。
何が祥悟を、ここまで苦しめているのだろう。
彼の過去を知らない自分には、どうしてやることも出来ない。だからひたすら抱き締めるしかない。
「祥。落ち着いて。それは夢だよ。君は怖い夢を見てるだけだ」
こんな呼びかけは、かえって状況を悪化させるだけなのかもしれない。でも苦しみに閉ざされた彼の心を、なんとか悪夢から引き戻してやりたかった。
祥悟は震えながら縮こまり、漏れでる悲鳴のような泣き声を、歯を食いしばって必死に堪えている。時折、堪えきれずに喘ぐように嗚咽を漏らす。その泣き方が、幼い子どものようなのに、声を出して泣くことを恐れているようで痛々しい。
せめて、大声をあげて泣くことが出来たら、この身悶えるような苦しさを少しは発散出来るんじゃないのか。
出来ることなら、吐き出させてやりたい。
智也は、胸に縋り付きこちらの腕にぎゅーっとしがみついてくる彼を、優しくそっと引き剥がした。
でも彼は離されまいとして、いっそう必死にしがみついてくる。
顔を覗き込むと、涙に濡れた彼の瞳と目が合った。
祥悟は自分を見ている。
焦点が合っている。
「祥。分かる?俺だよ、智也だ」
すかさず声をかけると、祥悟の唇が動いた。口をうっすらと開けて、何か言おうと唇を震わせている。
「祥。言って。何が言いたいの?話して?」
「……り……りさ」
「うん。続けて」
「りさ、が、いない」
「りさ?……お姉さん?」
「りさは、ずっと僕と……、僕が、りさ……っ……」
急に喉を詰まらせたようになって、その後の言葉は、音にならずに消えていった。
「祥……?」
祥悟の顔が哀しげに歪む。潤んだ瞳からぽろりと涙が零れ落ちた。その涙があまりにも綺麗すぎて、胸が押し潰されそうに痛い。
智也は、祥悟の身体をぐいっと引き上げ、頬に伝わるその涙に顔を寄せた。そーっと優しく唇で雫を吸い取ってやると、祥悟はきゅっと目を細めた。
「泣かないで、祥。俺が、側にいるから。君の側にずっといる。だからお願いだ。泣かないでくれ」
祥悟がぱちぱちと瞬きをした。
長い睫毛に小さな雫がくっついている。
「……と、も……や……?」
微かな囁きが、自分の名を呼ぶ。
智也はその形のいい鼻先に、そっとキスをした。
擽ったげに瞬きをした祥悟の目に、光が宿る。
その眼差しが、真っ直ぐに自分を見据えた。
「祥……」
祥悟は夢から覚めたように目を見開き、不思議そうに首を傾げると、手を伸ばしてきた。ほっそりとした指先が、こちらの頬を恐る恐る撫でる。
「智也……?おまえ、なに、泣いてんのさ?」
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