288 / 349

第288話 秋艶75

智也は祥悟を引き寄せ、ぎゅっと抱き締めた。 昨日の撮影現場で見た時より、祥悟のパニックが酷い。前に悪夢にうなされていた時よりも。 いくら声をかけても、なかなか正気に戻ってくれない。 何が祥悟を、ここまで苦しめているのだろう。 彼の過去を知らない自分には、どうしてやることも出来ない。だからひたすら抱き締めるしかない。 「祥。落ち着いて。それは夢だよ。君は怖い夢を見てるだけだ」 こんな呼びかけは、かえって状況を悪化させるだけなのかもしれない。でも苦しみに閉ざされた彼の心を、なんとか悪夢から引き戻してやりたかった。 祥悟は震えながら縮こまり、漏れでる悲鳴のような泣き声を、歯を食いしばって必死に堪えている。時折、堪えきれずに喘ぐように嗚咽を漏らす。その泣き方が、幼い子どものようなのに、声を出して泣くことを恐れているようで痛々しい。 せめて、大声をあげて泣くことが出来たら、この身悶えるような苦しさを少しは発散出来るんじゃないのか。 出来ることなら、吐き出させてやりたい。 智也は、胸に縋り付きこちらの腕にぎゅーっとしがみついてくる彼を、優しくそっと引き剥がした。 でも彼は離されまいとして、いっそう必死にしがみついてくる。 顔を覗き込むと、涙に濡れた彼の瞳と目が合った。 祥悟は自分を見ている。 焦点が合っている。 「祥。分かる?俺だよ、智也だ」 すかさず声をかけると、祥悟の唇が動いた。口をうっすらと開けて、何か言おうと唇を震わせている。 「祥。言って。何が言いたいの?話して?」 「……り……りさ」 「うん。続けて」 「りさ、が、いない」 「りさ?……お姉さん?」 「りさは、ずっと僕と……、僕が、りさ……っ……」 急に喉を詰まらせたようになって、その後の言葉は、音にならずに消えていった。 「祥……?」 祥悟の顔が哀しげに歪む。潤んだ瞳からぽろりと涙が零れ落ちた。その涙があまりにも綺麗すぎて、胸が押し潰されそうに痛い。 智也は、祥悟の身体をぐいっと引き上げ、頬に伝わるその涙に顔を寄せた。そーっと優しく唇で雫を吸い取ってやると、祥悟はきゅっと目を細めた。 「泣かないで、祥。俺が、側にいるから。君の側にずっといる。だからお願いだ。泣かないでくれ」 祥悟がぱちぱちと瞬きをした。 長い睫毛に小さな雫がくっついている。 「……と、も……や……?」 微かな囁きが、自分の名を呼ぶ。 智也はその形のいい鼻先に、そっとキスをした。 擽ったげに瞬きをした祥悟の目に、光が宿る。 その眼差しが、真っ直ぐに自分を見据えた。 「祥……」 祥悟は夢から覚めたように目を見開き、不思議そうに首を傾げると、手を伸ばしてきた。ほっそりとした指先が、こちらの頬を恐る恐る撫でる。 「智也……?おまえ、なに、泣いてんのさ?」

ともだちにシェアしよう!