291 / 349

第291話 秋艶78

食後の紅茶をいれて、祥悟が戻ってくるのを待っていたが、なかなか姿を現さない。 ちょっと心配になってきて、腰を浮かしかけた時、リビングのドアが開いた。 「なあ、風呂の用意、俺がしようか」 入ってくるなりそう言った祥悟は、顔色も悪くないしいつも通りだ。 智也はホッとして 「いや。もう掃除はしたよ。今、紅茶をいれたから飲んでて。お湯をはってくるよ」 祥悟は無言で首を竦めると椅子に腰をおろした。入れ違いに智也が、リビングを出て風呂場に向かう。 今夜、祥悟を抱く。 ……と決心していたのだが、正直気持ちがぐらついていた。 彼を抱きたい。その気持ちは変わらない。ただ、彼の精神的な不安定さが心配だった。 ……あんな状態の祥悟を、抱いてもいいのか? 彼が愛おしくて堪らない。 だからこそ、無理はさせたくない。 大切にしたいのだ。誰よりも。 浴槽にお湯を貯めながら、智也は深いため息をついた。 「やっぱり今夜はやめておこう」 リビングに戻ると、祥悟は紅茶を手にソファーの方に移動していた。智也が自分のカップを持って近づくとひょいと顔をあげ 「おまえのいれてくれる紅茶って、すっげーいい香り。これもお気に入りなわけ?」 智也は祥悟の隣に腰をおろすと 「そう。アールグレイっていう葉っぱだよ」 「ふーん。紅茶ってよく知らねえけど、なんか格好いい名前なのな」 祥悟は鼻をひくひくさせてから、紅茶をひと口すすった。智也もひと口すすってからカップをテーブルに置く。 「ねえ、祥。一度、病院で診てもらおう?」 改まって切り出すと、祥悟がちらっとこちらを見た。 「君のことが心配なんだ。俺も一緒に行くよ。だから…」 「行かない。病院なんか絶対に行かない」 「祥、でも、」 「行っても無駄だし。俺のこれは医者には治せねえもん」 「通ったこと、あるのかい?」 祥悟は首を竦めると、カップをテーブルに置いて、脇にあるクッションを両手で膝の上に抱え込んだ。 「医者がくれた薬なんか気休めだった。催眠療法とかさ、昔の話をしてみようとかさ、よく知りもしねえ相手にそんなこと、絶対にしたくないね」 智也は身を乗り出して 「でもね、祥。今日みたいなこと、また仕事中にあったらどうするの?俺はいつも一緒にはいてあげられないんだ。もし、」 「そん時は自分で何とかする。それにたぶんこれって、今だけだ。今回のはちょっとキツかったけどさ、そのうち治まるし」 「そんなこと、分からないじゃないか。どうしてそんな」 祥悟はこちらに顔を向けると 「分かるんだよ、俺には。もう何回も経験してるからさ。今回ひどくなっちまった原因も分かってんの」 「祥……」 「そんな顔、すんなってば」

ともだちにシェアしよう!