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第335話 君という鎖22
「じゃ、またな」
玄関まで見送ると、祥悟はさっさと靴を履き、軽く手をあげてドアの向こうに消えた。あまりにもあっさり過ぎて、ドアを開けて後ろ姿を見送りたい衝動に駆られたが、ぐっと堪える。
閉まったドアに背を預け、智也は「はぁぁ……」っと深く息を吐き出した。
「帰っちゃった」
思わず独り言が口から溢れ出る。
まだ夢の中にでもいるような、変にふわふわした気分が抜けない。
最後の最後にそっけなく消えてしまったが、間違いなく自分は祥悟を抱いたのだ。
「うわぁ……」
智也は両手で顔を覆った。
……どうしよう。俺、祥を抱いたんだ……。
今更ながら、じわじわと込み上げてくる。
……綺麗だった……。すごく可愛かった。色っぽくて……ああ……すごく、可愛かった。
何かしくじりはしないかと、本当は緊張しっぱなしだったのだ。
でも、たぶんちゃんと抱けた。
自分ももちろん最高に気持ちよかったが、祥悟も気持ちよさそうにしていた。
自分の愛撫で感じてくれて、フィニッシュしてくれた。
のぼりつめた瞬間の祥悟の表情や仕草、甘やかな声が、次々に脳裏に浮かんでくる。
じんわりと感じる心地よい倦怠感。
紛れもなくこの身体に、祥悟の感触が残っている。
嬉しくて涙が滲んできた。
智也は苦笑しながら涙を指先で拭い、ゆっくりとリビングに戻る。
ソファーにドサッと腰をおろして、クッションを抱き締めた。
とうとう自分は、祥悟のオトコになれたのだ。
……恋人ではないけれど。
しばらくぼんやりと感慨に耽っていた。
抱き締めたクッションに顔を埋め、沸き起こってくる歓喜に浸っていた。
……夢みたいだ……。
ふと、趣味でちょこちょこ書いている小説のワンシーンが浮かぶ。
今の自分の気持ちを表すような、ワンフレーズが降りてきた。
智也はクッションを脇に置き、ノートパソコンを取って戻ってくると、ふわっと浮かんだ文章を打ち込んでいった。
出逢いの瞬間から今までのこと。
そして、これからのこと。
タイトルを決めて、少しづつ書き留めていこう。
おそらく自分は、生涯で最高の恋をしている。
「書いてみよう。君と俺の恋の話を」
苦しい恋になるのはもうずっと前から覚悟している。
多分、幸せな結末は訪れないだろう。
でも自分は今、最高に幸せだ。
こんなにも愛おしいと思えるヒトに、出逢えたのだから。
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