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第337話 挿話『ネコの戸惑い(祥悟視点)』
……やっべ~。
智也のマンションをそそくさと後にして、祥悟は真っ直ぐに自分の部屋には帰らずに、街中をぶらついていた。
別に明日の仕事の為に、こんな早い時間にひとりぼっちのマンションに帰る必要なんかないのだ。
智也にそう言ったのは、単なる口実だった。
あのまま智也と2人きりで部屋にいて、一緒に食事なんかするのは嫌だった。
嫌というより……気まずかったのだ。
……なんかゲロ甘の恋人同士みたいじゃん。
智也と自分はそういう関係じゃない。
セフレと言い切ってしまうほどドライじゃない気はするが、セックスの後に甘い時間を過ごしたり、手作りの料理を食べたりするのは、やっぱりちょっと違う、と思ってしまう。
自分を抱いたあと、智也はいつも以上に甘くて優しい雰囲気を身にまとっていた。その甘い雰囲気が無性に照れくさくて、つい素っ気なくしてしまったのだ。
だいたいから智也とセックスしてしまったのは、なりゆきだ。久しぶりに大きな発作を何度も起こして、精神的に弱っていた。
優しい誰かの腕に、何も考えずに抱かれてみたかった。
智也はバカがつくほどお人好しで、誰よりも優しい。その優しさにつけ込んで、甘えさせてもらっただけなのだ。
……なんか俺……絶対にやっちゃいけねえこと、しちゃった気分なんだけど……。
貞操観念だの道徳だの、そんなものは押し付けられた他人の価値観だ。
そういう価値観に救われるような人生を、自分は今まで歩んできていない。
刹那的に享楽的に生きて、里沙の幸せを見届けたらそっと姿を消す。そんなテキトーな生き方でいいと思っている。
そもそも、産まれてきたことが間違いだったのだから。
自分なんかに深く関われば、相手を不幸にさせてしまう。
…あの人たちのように。
……やっぱ……ダメだよな……。
智也は優しい。
これまで出逢った人間の中でも、これ以上ないくらい優しくて居心地のいい存在だ。
そういう意味では、自分にとって智也は特別なのだ。
だからこそ、安心して身体を任せた。
でも……。
超えてはいけない一線を越えた今。
気になるのは今後の2人の距離感だ。
自分はセックスする前と変わらないつもりでいる。そうでなければいけないと思っている。
でも智也は、そんな関係を続けていけるだろうか。優しい男だからこそ、自分の我儘に振り回されて、智也自身の幸せを逃してしまったりはしないだろうか。
もしそうなったら、それは自分の罪だ。
刹那的に生きて刹那的に死ぬのは、自分の運命であって、それに智也が巻き込まれていいはずはない。
他の奴ならこんなしちめんどくさいことは考えない。自分に抱かれたい、あるいは抱きたいというなら、好きにすればいいし、離れたいと思えばそうすればいい。
智也だから、ダメなのだ。
……でも……どうして、智也だとダメなんだろう。なんであいつは特別なんだ?
祥悟はCafeのテラス席でアイスティーを飲みながら、首を傾げた。
……んー……。よく、わっかんねえし。つーかやっぱ、椅子が固いとケツが痛いんだけど……。あいつのアレ、デカすぎだし。
……ムカつく。
祥悟は腰を少し浮かして、もぞもぞと座り心地のいい体勢を探った。
挿話『ネコの戸惑い(祥悟視点)』終わり
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