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第339話 君という鎖25

2杯目はドライマティーニを頼み、つまみにはスモークサーモンを選んで、ピッチはあげずにちびちびと舐めていた。 この後何か予定があるわけでも早く酔いたいわけでもなく、長い夜を持て余している。 ジントニックもドライマティーニも、ジンをベースにしたシンプルなカクテルだが、シンプルなだけに店によって様々なアレンジがあって、味わいが微妙に違う。この店の味が智也は気に入っていた。 祝杯をあげたい気持ちと、余計に深まってしまった片恋のせつなさを噛み締める気持ちと。 複雑な想いが綯い交ぜなのだ。 明日はオフだから、久しぶりに酒をじっくり味わいながら、深い酔いに身を任せてしまいたい気分だ。 カウンターに頬杖をつき、ぼんやりと奥の棚に視線を飛ばした。ちょうどいい間合いでさり気ない話題を振ってくれるバーテンダーと、カウンター越しにポツポツと会話を交わす。1人ではいたくないが、煩わしい人付き合いをしたくない時に、この店は居心地がいい。 会話が途切れると、智也はぼんやりと並ぶ酒瓶の色や形を目で辿りながら、物思いに耽っていた。 夜が深まってくると、少しづつ1人呑みの客たちがまばらに訪れる。みな思い思いに小さな店の空間に自分のスペースを見つけて、酒の味を楽しんでいた。 智也は無意識にポケットを探り、少し前に買い換えたばかりのスマホを取り出した。着信履歴はない。ふっと吐息を漏らしてポケットにそれを仕舞おうとした時、すぐ隣のスツールに客が腰をおろした。心地よいパーソナルスペースぎりぎりの距離に、他人の気配がある。 「1人かい?」 不意に隣の男が、独り言のように呟いた。 智也は目の端で男の姿を確認する。 せっかくのちょうどいい距離感を踏み越えてきた男は、グラスを持ち上げた手を軽く揺らして 「もしよかったら、少し話をしないか?」 また独り言のように小さく呟く。 1人に決まっているし、今夜は他人と深く関わりたくない。 智也は眉をひそめ、この店では多分見かけたことのないその男の方に、視線を向けた。 「そろそろ帰るので」 「そうか。それは残念だな」 年は多分、自分より少し上だ。サラリーマンではなさそうな、ちょっと洒落たラフな服装だった。顔立ちは悪くない。有名な俳優のKに面差しが少し似ている。 「君は私を知らないだろうが、私は君を知っているよ」 独り言を装いながら、男がまた言葉を投げかけてきた。 その手の誘いはよくあるのだ。智也は相手にせずに、会計とチップをテーブルに置くと、スツールからおりた。

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