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第340話 君という鎖26
男はそれ以上、食い下がって来なかった。バーテンダーに軽く目配せしてドアに向かった時、ポケットのスマホが震えた。
智也はすかさずスマホを取り出す。
電話だ。着信通知の名前は祥悟。
ドアを開けて店の外に出ると、急いで電話に出る。
「もしもし」
『今、何処さ?』
ちょっと不機嫌そうな、でも可愛い声が聞こえる。
「ちょっと飲んでた」
『ふーん。誰と』
「1人だよ」
『あのさ、今から30分後。新宿のSホテルまで来れる?』
智也は息を飲んだ。
「Sホテル?あ……ああ、行けるよ。あ、でも少し遅れるかな」
『うん。じゃ、来てよ。待ってる』
唐突に電話は切れた。
智也はスマホの画面を見つめて、ちょっと呆然としてから
「Sホテル……。新宿か。急がなきゃ」
思わず呟き、時計を確認した。
駅まで走れば5分。乗り継ぎがスムーズに行けば、新宿駅に今から20分後には行ける。智也は走り出した。
電車の中で地図アプリを使ってSホテルの位置を確認してみた。駅から徒歩10分。やっぱりぎりぎりだ。
ちょっと目眩がする。いくら酒に強いといっても、飲んですぐに全速力で走ったのだ。酔いが回っていた。
胸がドキドキする。
これは酔いのせいじゃない。
祥悟から誘われたからだ。
……いや。ちょっと酔っているのかな……。
電話口の祥悟の声は、ご機嫌斜めな気がした。でも、待ちに待った祥悟からのお誘いなのだ。
……落ち着けよ、俺。
連絡をずっと待っていたのだと顔に出しちゃダメだ。ドン引きされてしまう。
あくまでもクールに、だ。
……ああ……でも……。
油断すると、顔がにやけてしまいそうだ。
智也は吊り革に掴まった腕で、自分の頬をそっと撫でた。
駅に着くと早足で改札を抜けた。地図アプリで調べたルートを進む。本当は走りたかったが、酔いが少し足にきていた。
祥悟から電話をもらってから、きっちり30分後。智也はSホテルに無事に辿り着き、表玄関からロビーに入った。
見回してみるが、祥悟の姿はない。
スマホが着信を告げた。すかさず出る。
『今、どこら辺?』
「着いたよ。1階のロビーだ」
『ん。じゃ、直接部屋に来て。5012』
電話はぷつんと切れた。
……え……。部屋に……?
智也は首を傾げた。
ホテルのロビーで待ち合わせて、どこか店にでも行くのかと思っていたのだ。
……ここに……泊まっているのか?
祥悟のマンションは新宿から電車で20分の駅近だ。わざわざこんな所に泊まる必要がない。
エレベーターに乗り、5階のボタンを押す。呼び出されたのは嬉しいが、何となく腑に落ちない。
智也は、はっと息を飲んだ。
……まさか……また……?
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