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第9話 必要なのは自制心でした2
(……違う、違う。俺は怒ってるんだよ)
この綺麗なやんちゃ猫に、大人を揶揄うなとお説教してやらないと。
智也は自分を戒めつつ、そっと手を伸ばした。触れるか触れないかのぎりぎりで、祥悟の髪に手をかざす。安心しきってぐっすり眠っているのに可哀想だが、そろそろ起こしてスタジオに連れて行かないと。
「……ぅん……」
不意に祥悟が綺麗な眉をきゅっとしかめた。むにゃむにゃ何か言っている。息を潜めて見守っていると、うっすらと開いた唇が微かに動いた。
「……りさ……」
聞き逃すくらい小さな呟きだった。
りさ……里沙。
この子の姉の名前だ。
この気まぐれで奔放な仔猫が、唯一心を許して大切にしているらしい双子の片割れ。
(……叱られる夢でも見てるのかな)
姉の里沙はしっかり者だ。明るくてはきはきしていて気配り上手で、外観の華やかさに似ず浮ついたところのない、誰からも愛される優しい女の子だ。自由奔放に好き勝手なことをする弟をいつもはらはら見守っていて、なにか問題があると、弟を叱り飛ばして周囲に謝って歩く。見た目はそっくりなのに、祥悟とは正反対な性格らしい。
(……今頃、マネージャー以上に気を揉んでいるだろうな)
姉に叱られて不貞腐れている祥悟を想像して、智也が思わず頬をゆるめた時、目の前の仔猫が唐突にぱちっと目を開けた。
「……うざい。智也の視線、突き刺さってるから」
目を覚ました途端に、憎まれ口を叩く。
(……ったく。可愛げのない)
うっかり見惚れていた智也は、内心ドギマギしながら、怖い顔をしてみせた。
「こら。誰がうざいんだよ」
祥悟はくあ~っと欠伸をしながら
「え~、智也。ずっと熱い眼差しで見とれてたでしょ。なに? もしかして俺に惚れてんの?」
あどけなかった寝顔の名残りはまったくない。デフォルトの少し小馬鹿にしたような笑みを浮かべて、じーっとこちらを見上げ
「あのさ、智也。あんたって、もしかして、ゲイ?」
「……っな」
祥悟は悪戯っ子の顔つきで、伸び上がってきて
「もしかしたら?って思ってたんだよね~。あんた、モテそうなのに女っ気ないし、俺にあんなキスしちゃうし?……ふふ。図星でしょ」
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