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第40話 波にも磯にもつかぬ恋11

平然とした風を装ってはいるが、祥悟はホテルに入った瞬間からそわそわと落ち着かない様子で、興味津々に辺りを見回している。 見た目は普通のシティホテルだが、部屋の内装写真が並んでいるパネルに、従業員の顔が見えない受付。祥悟が仕事であちこち利用しているホテルとは、やはり勝手が違うのだろう。 「どの部屋がいい‍?」 パネルをしげしげと見比べている祥悟にそっと声を掛けると、少し驚いたように振り返って 「え……えーと。智也が選べよ。俺はどこでもいいし」 「そう。じゃあ……」 一番値段の高い落ち着いた雰囲気の部屋を選んでボタンを押すと、フロントに向かった。料金を払い、差し出された部屋のキーを受け取る間、祥悟はすぐそばにぴとっとくっついて、興味津々にこちらのやることを、黙って見つめていた。 「5階だ。おいで」 エレベーターで5階まで行き、キーに書かれた番号の部屋に向かう。カード式のキーを差し込んでドアを開けると 「さ、入って」 祥悟はこちらの顔をじっと見てから、先に部屋の中に入った。 「全然、ふつーじゃん」 拍子抜けしたように祥悟がそう言って、早速、部屋中を探索し始めた。 トイレのドアを開け、風呂場を覗き込み、洗面スペースに置かれたアメニティグッズを手に取って眺めている。 (……やっぱりこういうとこ、初めてだろ、君) 好奇心いっぱいの仔猫みたいに、キョロキョロと落ち着かない祥悟が、歳相応に子どもっぽくて、なんだか可愛くて仕方ない。 智也は上着を脱いでクローゼットのハンガーに掛けると、応接セットのソファーに腰をおろした。 邪な誘惑に負けて、つい勢いで祥悟を連れてホテルに来てしまったけど、さてどうしよう。 智也自身、実はラブホなんて利用することはない。ここはたまたま、さっき話に出ていた惟杏さんと、1度だけ来たことがあるから知っていただけだ。 祥悟には内緒だが、惟杏さんとの初体験には、トラウマレベルの苦い記憶しかない。 彼女に誘われてこのホテルに来た時、智也は初めてだと正直に告げた。惟杏さんは少し驚いた様子だったが、大丈夫だと微笑んで不慣れな自分をリードしてくれた。 キスは気持ちよかった。今まで触れるだけのフレンチキスしかしたことがなかった自分に、彼女はゆっくりと時間をかけて、甘い濃厚なキスの仕方を教えてくれた。女性の身体の愛撫の仕方も、教えられるままにいろいろやってみた。 互いにいい感じに昂り、いよいよ……という時になって、智也は何とかして彼女の中に挿いろうとしたが……萎えてしまった。焦って何度も自身を手で扱き挑戦してみたが、どうしても強度を保てない。彼女は嫌な顔もせずに優しく手伝ってくれた。だが、責められもなじられもしないのが逆に辛い。何度目かの失敗の後、完全に萎えてしまって何をしても勃たなくなった。智也は自信喪失して泣きそうな気分で項垂れた。惟杏さんは優しかった。でも……すごく惨めで情けない気分だった。 結局、その日は最後までいけず、行為の最中気持ち悪くて冷や汗が出そうだった。 そして思い知ったのだ。自分はきっと、こういうことに向いていないのだ、と。 青ざめて、会話もそこそこに服を着てホテルを出た。惟杏さんは優しくフォローしてくれて、初めてだったから仕方がないと慰めてくれたが、情けないやら恥ずかしいやら、彼女にも申し訳ないやらで、智也はその後、酷く落ち込んだ。 惟杏さんは素敵な女性だ。 あんなことがあった後も、仕事では普通に接してくれているし、2度目のお誘いを断っても、何もなかったような態度でいてくれている。もしかしたら、周りにおかしな噂が流れるかも‍?と覚悟していたが、2年経った今もそんな様子はない。口の固い優しい女性だと思う。 でも、祥悟が惟杏さんとそういう関係になるのは、正直、嫌だった。キスだけだったと聞かされて、泣きたくなるほどホッとした。 自分は自覚している以上に、祥悟を好きになっているらしい。

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