64 / 349
第64話 甘美な墓穴のその先に4
意外な言葉に、慌てて彼の顔を見つめると、祥悟はなんだか苦笑いをしていた。
「つまりさ、俺のテクがよかったから、おまえ、辛抱出来なくなっちゃったって、ことだよな?」
(……テク?)
「気持ちよかったんじゃん? 俺にされて」
「あ……ああ。そうだね」
途端に、祥悟は悪戯が成功した子どもみたいな顔で笑って
「んな、悄気た顔すんなよな、智也。俺に負けたからってさ」
(……え? 負けたって……)
祥悟はくすくす笑うと
「おまえの興奮した顔さ、発情した雄って感じでさ、すげえエロかった。目とかちょっとやばいくらい色気あってさ」
「え、あの……祥?」
「智也のさ、ああいう男くさい必死な顔、俺、嫌いじゃないかも? 押さえつけられてちょっとビビったけどさ、うっかり可愛いとか、思っちゃったしさ」
(……うそ……怒ってない……のか?)
目の前の祥悟は、どう見てもご機嫌だ。さっきの涙目が夢だったみたいに……。
智也はがばっと祥悟の肩を掴むと
「ね。祥? 無理、してないかい? 君」
「へ?」
「男の俺なんかにあんなことされて、すごいショックだったろう? いいんだ。そんな無理して笑ったりしなくていいよ。もっと怒っていいんだ。君の信頼を裏切った酷いやつだ。なんなら思いっきり、殴ってくれてもいい」
「は?……や、」
智也は、はぁ~っと深いため息を吐き出すと
「まだ若い君に、俺はとんでもない心の傷を負わせてしまったかもしれない。本当にどうしたらいいか……」
「あのさ、智也?」
祥悟はこちらの言葉を遮ると、まじまじと顔を覗き込んできて
「おまえ、テンパリすぎ。俺は別に傷ついてねーし? ちょっとびっくりはしたけどさ、すっげ気持ちよかったもん」
(……気持ち……よかった?)
「口でされたの、初めてだけどさ、やばかった。おまえの方こそ嫌じゃなかったのかよ?」
「祥……」
智也は無邪気に笑う祥悟の目を、別の意味で見ていられなくなって、そっと包むようにして華奢な身体を抱き締めた。
どうやら本当に、怒っても傷ついてもいないらしい。そのことには心底ほっとした。ほっとしすぎて、全身の力が一気に抜けそうなくらいだ。でも……
(……無邪気過ぎるよ、君は。
っていうか、ああ、ほんとうにもうっ。どうしてこんなに可愛いかなぁ)
怒って自分を突き飛ばして帰ってしまっても、おかしくない状況だったのだ。
嫌われて、もう二度と顔も合わせてくれない可能性だってあった。
祥悟は意外な順応性を見せてくれて、今回は傷ついたりしないで済んだかもしれない。
でも……
(……ごめんね。君の無知と素直さにつけ込んで、俺は酷い男だよな)
こうして抱き締めてしまえば、その温もりをもっと深く味わいたいと欲が出る。どんなに傷つけまいとしても、君を欲しいという想いはどんどん膨れ上がってしまう。
こんなにも好きじゃなければ、もっと簡単に割り切れてしまうのかもしれない。
(……好きだからこそ……俺はもっと君に対して、大人の分別を持つべきなのかな。せめて君が、いろいろな経験を積んで、自分の判断で俺の手を取ってくれる日が来るまで……)
ともだちにシェアしよう!