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第66話 君との距離感1
翌朝、智也は先に目を覚ました。隣に眠る天使を起こさないように、じっと動かずに寝顔を見つめる。
目を開けてすぐ、飛び込んできた祥悟の寝顔に、思わず胸がときめいた。
昨夜のことは夢じゃなかった。その証拠が目の前ですやすやと寝息をたてている。
同じベッドで人ひとり分空いた先に、愛しい人がいる。
この微妙な距離感が、どうしようもなくせつなくて甘い。
ふいに長い睫毛が震えて、きゅっと眉をしかめてから、ゆっくりと祥悟が目を開けた。
薔薇の蕾がふわっと花開くような光景に、息を飲んで見とれていたら、その薔薇が睨みつけてきた。
「おまえの視線、うざい。寝てても、突き刺さってくるし」
口を開くと、愛らしい天使も綺麗な薔薇も幻のように消えた。
智也は我に返り、思わず微笑んで
「おはよう。朝から元気だな、君は」
皮肉めいた言葉を無視して、祥悟は両手をうーんっと伸ばして無邪気に欠伸をすると
「おはよ。今、何時さ? 腹減ったかも」
智也はベッドヘッドに備え付けのデジタル時計に目をやった。
「7時20分だ。モーニングでも頼むかい?」
祥悟は天井を見つめてちょっと悩んでから
「もう続き、やんないんだよな? じゃ、ここじゃなくて外で食いたいかも」
「……わかった。じゃあシャワー浴びるかい?」
祥悟はもの言いたげにじっと見つめてきた。智也がにこっと笑って首を傾げると、祥悟は何故か不機嫌そうに舌打ちして
「んー……そうする。智也、起こして」
言いながら両手を差し出してくる。
智也は苦笑して身を起こし、祥悟の両腕を掴んで抱き起こしてやった。
抱えた彼の身体から、自分と同じボディソープの香りがふわっと鼻を擽って、その華奢な身体をぎゅっと抱き締めたくなる。
「ありがと」
祥悟はあっさりとこちらの手をふりほどき、ベッドから降りて、すたすたと浴室に行ってしまった。
大切で愛しいからこそ、昨夜、もう自分からは手を出さないと誓った。
それは忘れていない。
それでも、祥悟の些細な仕草や態度に、いちいちドキドキしてしまう自分がいる。
今、少しだけ触れることの出来た温もり。
智也はふう……っとため息をついて、するりと抜け出していった天使の残像を、残り香ごと、両手でぎゅっと抱き締めた。
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