67 / 349

第67話 君との距離感2

「はぁ‍っ? だから、俺は知らないっつってんだろっ」 事務所のドアを開けた途端に、ものすごい怒号が飛んできた。 (……あの声は……祥‍?) 智也はいったん入りかけた足を止め、廊下に出た。今の声は廊下の奥から聞こえてきたものだ。この階の突き当たりの部屋は社長室だった。 「待ちなさい。まだ話は終わってないぞ」 社長室のドアが開いている。そこから飛び出してきたのは……やっぱり祥悟だ。 ドアをバタンっと乱暴に閉めて、足音も荒くこちらにやって来る。 智也は廊下の真ん中に突っ立って、近づいてくる彼の姿を見つめた。 祥悟に会うのは久しぶりだ。そう、あのホテルでの日以来……もう1ヶ月近く経つ。 お互いに仕事が忙しく、顔を合わせる機会がなかった。 あの日は、近くの喫茶店でモーニングを食べて、車で送っていくという智也の言葉に祥悟は首を竦め、タクシーで帰るからいいと言ってあっさり帰ってしまった。その姿を見送りながら、そういえば連絡先を交換するの忘れちゃったな……と、智也はぼんやり考えていた。 周りを蹴散らすような勢いで近づいてきた祥悟に、智也は内心ドキドキしながら声をかけた。 「久しぶりだね、祥」 その声に、初めてこちらの存在に気づいたのか、祥悟ははっとした顔をして立ち止まる。 「……おまえかよ」 不機嫌を顔に貼り付け、鋭い眼差しで睨めつけてくる祥悟に、智也は微笑みかけ 「この後、予定はあるかな」 祥悟は一瞬、噛みつきそうな目をして何か言いかけたが、いったん口をつぐみ、ぷいっとそっぽを向いて 「別に‍? 用事は終わってるし」 「じゃあ、ちょっと待っててくれるかい‍? 事務所にこれ置いてくるから」 智也がそう言って手に持ったファイルをひらひらさせると、祥悟は横目でちろっとこっちを見て首を竦めた。 「早くすれば‍?」 「うん。すぐ済むよ」 智也は頷いて、もう1度事務所のドアを開けた。 大急ぎで要件を済ませ廊下に戻る。 もしかしたら帰ってしまったかな?と思ったが、祥悟はつまらなそうな顔をして腕を組み、廊下の壁に寄り掛かっていた。 「ごめんね。お待たせ」 智也が歩み寄ると、祥悟はだるそうに身体を起こし 「どこ、行くのさ‍?」 「昼飯、まだだろう‍?」 祥悟はふんっと鼻を鳴らした。 ……まだご機嫌斜めらしい。 「奢るから付き合ってくれるかい‍? 行ってみたい店があるんだけどね、1人じゃちょっと入りにくいんだよ」 祥悟は目をぱちぱちとさせた。 「……奢って……くれんの‍?」 「ああ」 祥悟はもう1度鼻を鳴らすと、仕方ないなぁとでも言いたげに首を竦め 「どうせ暇だからいいけど‍?」 「ありがとう。じゃあ行こう」 智也がさっさとエレベーターの方に歩き出すと、祥悟は無言でついてきた。

ともだちにシェアしよう!