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第68話 君との距離感3
少し離れた後ろを、祥悟は無言でついてくる。
1ヶ月前にかなり縮まったかと思った距離は、また少し遠くなっていた。
でもこちらの誘いに、不機嫌そうではあるが、あっさり応じてくれた。
そのことが……ちょっと嬉しい。
智也は、時折そっと後ろを見て、祥悟がちゃんとついてきてくれるか確かめながら、少しうきうきした気分で歩いていた。
事務所には来ていたが、今日は多分オフなのだろう。
祥悟は黒のタンクトップの上に、肩が少しずり落ちそうな大きさの淡いピンクのTシャツを着て、下は細身のダメージデニムを穿いている。
長めの髪の毛に華奢な体つきは中性的で、こういうラフな普段着姿は、仕事先で会う彼よりも少し幼く見えた。まるで原宿辺りにたむろしている中高生のようだ。
横断歩道の手前で信号が赤になる。1人でぶらついているように歩いていた祥悟が、ゆっくりと智也の隣りに並んだ。
「どこ……行くのさ?」
さっきより声のトーンが柔らかくなっている。智也は彼に顔を向けて微笑んだ。
「○○町に新しくオープンしたお店だよ」
「は? じゃ、こっから結構遠いじゃん。歩いて行くのかよ」
「いや、地下鉄でね」
「ふうん……」
それっきり、祥悟はまた黙ってしまった。
信号が青に変わる。
歩き始めた智也の横を、今度は歩調を合わせて祥悟が歩く。
さっきより縮まった彼との距離が嬉しくて、思わず頬が緩んだ。
しばらく黙々と歩いていたら、祥悟がふと思いついたように口を開いた。
「そこ、何食わせる店?」
「ん? ああ。フレンチ……かな」
「フレンチだったらさ、場違いじゃねえの? 俺、今日はこんな格好だけど?」
「大丈夫だよ。フランス料理って言っても、田舎の家庭料理らしいからね。そんなに気を張るようなお店じゃないらしい」
「……そっか」
地下鉄の階段を降りて、切符売り場で2人分買うと、祥悟に1枚差し出した。
「お腹、結構空いてるかい?」
「なんでさ」
「いや。そこね、料理もそこそこボリュームあるけど、デザートがかなり人気みたいだから」
渡された切符を見つめていた祥悟が、ひょいっと顔をあげる。
「……デザート?」
「うん。雑誌でたまたま見たんだけどね、君が好きそうなデザートがいろいろあったよ」
祥悟はまた目をぱちぱちとさせて
「俺、甘いもんは別腹。それにさ、今日は朝から何も食ってねーし」
そう呟く祥悟の表情が、かなり柔らかくなっていた。
恐らくは、社長と何か揉めていたであろう彼のささくれ立った心が、少しでも和んでくれたのなら、勇気を出して誘った甲斐があったというものだ。
「そうか。それならよかった」
智也がほっとして笑いかけると、祥悟は何か言いたげに口を開いたが、結局何も言わずに、先に改札口に向かって歩いて行った。
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