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第70話 君との距離感5
祥悟の言葉に、智也は咄嗟に反応出来ずに絶句してしまった。
(……いきなり……何言い出すの? この子)
返事をしないでいると、祥悟は苦笑しながら首を竦めて
「図星かよ。ま、わかってたけどさ」
(……え。いや、わかってたって……何が?)
そもそもあまり機嫌がよくなさそうだと分かっていて、祥悟を誘ったのだ。つっけんどんな反応は覚悟していたけれど、食事をしているうちに、だいぶ和んできたと思っていた。
(……どうしてまた、そんな不機嫌? いや、下心っていうのは間違ってないけど)
智也は水をひと口飲んで気持ちを落ち着かせると
「下心……っていうか。……うん、まあ、そうだね。雑誌見てて良さげなお店があったら、誰かと行く時用に覚えておいたりは、するかな」
「誰かと、ね。ふーん……。それってさ、例えば惟杏さん、とか?」
智也は瞬きをして
「あ。あー……まあ、そうだね」
「ふうん。ひょっとして、もうここ連れてきたわけ? 彼女」
「いや。ここに入ったのは今日が初めてだけど」
祥悟はきゅっと首を竦めて、フォークを皿の脇に置くと
「……デザート、頼む」
「え? ああ、うん。じゃあメニューを貰おうか」
智也は店員に合図をした。
店員が持ってきたデザート専用のメニューは、かなり分厚かった。
この店は、デザート専門のコーナーが独立した店舗になっていて、そちらは持ち帰り用のケーキや焼き菓子なども売っている。この場で食べられるのは、メニューの中から好きなケーキなどを選ぶと、シェフが美しく盛り付けてくれるデザートプレートだ。
メニューを広げて見ている祥悟を、智也はしばらく黙って見守っていた。
さっき一瞬ひやっとさせられた不機嫌そうな様子は、もうすっかり消えている。甘い物が並ぶメニューを、目を輝かせながら、1ページずつじっくり吟味している表情は、とても熱心であどけなくさえ見える。
(……気のせい……だったのかな)
会えない間、このつれない天使のことを考えてばかりいた。だから、傍にいられるのが嬉しくて、彼の言動がいちいち気になって仕方がないのだ。
(……まったく。ちょっと落ち着けよ、俺)
ホテルに泊まって別れた後、祥悟の夢を何度も見た。自分の愛撫に可愛いらしく喘ぐ姿を思い出しては……それをおかずに抜いてしまったことも……ある。
下心、と言われて、咄嗟に反応出来なかったのは、こうして食事に誘って、また少し距離を縮めたいと目論んでいたからだ。そして、あわよくばこの間みたいな特別レッスンを……なんて、ちらっと妄想していた自分の疚しさを、見透かされてしまった気がしたからで。
(……いや、あんなこと、もう2度と出来ないって、わかってるけど)
さっきまた、思い知らされた。
まだ高校生なのだ。この子は。制服を着て真面目に学校で授業を受けている様子なんか、まったく想像出来ないけれど。
「おまえ、頼まねえの?」
「あ。うん、俺はパスかな」
今度はすぐに反応出来た。うっかり、祥悟の制服姿を想像しかけていたが、顔には一切出ていなかったはずだと自信がある。
「そっか。おまえ、甘いもんダメだっけ」
「そうだね。君が食べたいものを選んだらいいよ。どれか気になったの、あるかい?」
祥悟はまたメニューに視線を戻して、ふうっとため息をつき
「いっぱいあり過ぎて、選べねえし。俺が好きなの全部、頼んでもいいのかよ?」
「ふふ。お腹を壊さない程度にね。食べきれないなら、持ち帰りもあるよ」
祥悟はうーんっと唸って、ぱらぱらとメニューを捲ってから
「決めた」
そう言って、ちょっと楽しげに微笑んだ。
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