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第80話 甘い試練1
「もしもし? 祥?」
「うん、俺。智也さ、今どこ?」
祥悟のいつになく焦ったような声音に、智也は眉をひそめた。
「俺は今、自分の部屋だけど。祥、君は何処にいるの?」
「あのさ、ちょっと出てこれる? おまえ」
祥悟から電話がきて、唐突に呼び出されるのなんかよくあることだ。
でも、今日は何だか様子がおかしい。いつもなら「今ここにいるから来れるなら来てよ」という感じで、こちらの都合など聞いてこないのに。
それに祥悟の声が変だった。
「大丈夫。すぐに向かうよ。場所、教えて?」
智也が急いで答えると、祥悟はほっとしたようにため息をつき
「◯◯町3丁目のさ『ルグラン』ってホテル」
「『ルグラン』だね。待ってて。すぐ出るから」
「うん」
電話を切ろうとすると、誰かが喚いているような声が聞こえた。
「祥。他に誰かいるの?」
「んー……。テレビの音じゃねーの? それより智也。早く来てよ」
「わかった」
智也は今度こそ電話を切って、首を傾げた。『ルグラン』は前に一緒に行ったことのあるホテルだ。ここから急いで向かえば、車で20分程で着くだろう。
ただ、祥悟の声音と急かす言葉に、違和感があった。何か言いたそうで口に出せない。そんな印象だったのだ。
……とにかく急がないと。
智也はソファーから立ち上がると、上着を羽織ってポケットに携帯電話と財布を入れ、キーケースから車の鍵を取り出して玄関に向かった。
ホテルのロビーに着くと、祥悟に電話した。
「もしもし? 今ロビーに……」
「部屋、5012な」
辺りをはばかるような声でそれだけ言って電話が切れる。智也はエレベーターに向かうとボタンを押した。
……何だろう。いったいどうして……?
祥悟の気紛れに振り回されるのなんかしょっちゅうだったが、やはり何だか様子がおかしい。こんな思わせぶりな態度は初めてだ。
智也はエレベーターに乗り込むと、いらいらしながら行き先階のボタンを押す。5階に着くまでが、酷く長く感じた。
ドアの前で気持ちを落ち着かせる為に深呼吸をすると、智也はインターホンのボタンを押した。
ぴんぽーん……っと妙に間の抜けた音がして、少ししてからガチャっとドアが開いた。
「ちょ、待てって。勝手に出るなよ!」
祥悟の焦ったような声が聞こえる。
だが、開いたドアの前に立っていたのは、祥悟ではなかった。
怪訝な顔で首を傾げる少女の顔に、見覚えはない。いや……何処かで見たような気がしたが、恐らくは初対面だ。
「あんた、誰?」
「リサっ。おまえ、勝手なことすんなって言ってんだろ!」
声のした方に目を向けると、真っ赤な顔をした祥悟が、よろけながらこちらに向かって歩いてきた。
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