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第86話 甘い試練7

目の端に、アリサの唇を優しく啄む祥悟の横顔が映る。腕を伸ばして抱き締めたい温もりは自分の上にいるのに、自分とは違う相手と口付けを交わしているのだ。 ……これ……何の拷問だろうな……。 目の奥がつんとする。 智也は慌ててぎゅっと目を瞑った。 視界を遮ってもすぐ側で、2人の甘やかな息遣いを感じる。濡れた唇と舌が絡み合う水音が、やけに大きく耳に届く。 智也は、彼らから出来るだけ顔を背けた。 今すぐ祥悟の身体を突き飛ばして起き上がり、この部屋から出ていきたい。もうこれ以上、見せつけられるのは……耐えられない。 目の奥が熱くなってくる。 涙はダメだ。 ここで泣くのは、あまりにも惨め過ぎる。 智也は滲んできそうになる雫を散らそうと、瞬きをした。その視界に、こちらをじっと見下ろしている華奈の顔が映った。 華奈は無表情で祥悟たちを見つめていたが、ふっとその視線をこちらに向けた。 ちょっと目を見張り、不思議そうに首を傾げる。やがて、何か言いたげに唇を動かしたが、すぐに閉じた。強ばっていた表情が柔らかくなり、華奈は悲しげに微笑むと、そっとこちらに手を伸ばしてきた。 ほっそりとした指先が、頬をそっと撫でてくる。 自分は今、どんな顔をしているのだろう。 華奈の目には同情の色が滲んでいる気がする。それはすごく優しかったが、今の自分には向けられたくない優しさだ。 智也は、すいっと華奈から目を逸らした。 華奈の指が離れていく。 「帰るわね、私」 華奈は誰にともなく小さく呟くと、こちらにくるりと背を向けて、バッグと自分の服を掴んで洗面所に行ってしまった。 「満足したか?」 長いキスの後で、祥悟が唇を解きアリサに囁きかける。アリサはうっとりした顔で祥悟を見つめ、その先をねだるように手を伸ばして祥悟に抱きつこうとしている。 ……いや。これ以上は無理だから。 智也は祥悟の身体を抱きながら、がばっと身を起こした。 「うわっ」 「いい加減、重たいよ。続きは2人だけで楽しんでくれるかい?」 どさくさで、祥悟の華奢な身体をぎゅっと抱き締めてから、手を離した。 抱き着く寸前で祥悟を奪われたアリサが、憮然とした表情でこちらを睨む。その目は「邪魔しないでよね」と言っているようだが、巻き添えを食らって文句を言いたいのはこっちの方だ。 智也はアリサを無視して、祥悟の身体を押しのけると、ベッドから降りた。 「華奈さんは帰ったよ。俺もそろそろ帰るからね」 2人に背を向けたままそう言って、智也はドアに向かった。 「待てよ。帰るのはおまえじゃねーし」

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