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第91話 甘い試練12
祥悟はまた押し黙り、無表情でこちらを見ている。智也は無理やり、微笑みを浮かべた。
「もう遅いから、とりあえず泊まっていって。あ。ベッド、今、シーツを取り替えてくるからね」
祥悟はじっとこちらを見つめて、またため息をついた。
「じゃあおまえは、どこに寝んのさ?」
「俺は、ソファーで……」
「ばっかじゃねーの? 俺がソファーで寝ればいいじゃん」
「いや。そういうわけにはいかないよ。こんな所で寝たら、君に風邪をひかせてしまう」
祥悟は呆れたように首を竦めた。
「じゃあおまえは風邪、ひかないわけ? まったく……おまえってさ、結構めんどくさいのな」
「え……」
祥悟は何故か、苦笑している。その突然の表情の変化に智也が戸惑っていると、祥悟はソファーからひょいっと立ち上がり、すたすたとドアに向かった。
「え、祥。どこ、行くの? 帰るのかい?」
智也が慌てて後を追うと、祥悟はくるっと振り返り
「寝室。別に一緒にベッドで寝りゃいいじゃん。おまえんとこのベッド、結構広かったし」
(……? え……?)
「なあ、歯ブラシ、予備のやつある?」
「え。あ、あるけど」
「じゃあ貸して? シャワーは浴びてきたからさ、歯だけ磨いて寝るし」
祥悟は勝手に独り決めすると、再びドアに向かった。
「え、あ、ちょっと待って、祥」
焦って追いすがる智也に、突然、祥悟が立ち止まりくるっと振り返る。智也はぶつかりそうになって、足を踏ん張った。
「誕生日」
「え?」
「もう過ぎちまったけどさ。あれ」
そう言って、祥悟が顎をしゃくってみせる。
智也は振り返ってその方向に目を向けた。
ダイニングテーブルのさっき祥悟が立っていた横の椅子に、彼の荷物がある。上着とバッグと……店のロゴが印刷された袋だ。
「昨日、誕生日だろ? おまえの」
「……え?」
意味がわからずきょとんとする智也に、祥悟はすたすたとテーブルの方に戻っていって
「なんですっとぼけてんのさ。昨日、おまえの誕生日だったよな?」
言いながら、店のロゴ入りの袋を取り上げる。
「え……。お、俺の……?」
祥悟は頷きかけて、急に眉を寄せた。
「は? もしかしてさ、おまえも公式と誕生日、違うのかよ?」
智也はドキドキしながら、慌てて首を横に振った。
(……まさか……まさか……祥……それって)
「あ~。びっくりした。驚かすなよな。フライングしたかと思ったじゃん」
「祥……それ、君……」
(……駄目だ。違う意味で泣きそうだ)
祥悟はちょっと照れたように笑って
「あ。別に高いもんじゃねーし? おまえ、何欲しいかわかんないしさ」
言いながら、若干そっぽを向いて、手に持った袋を差し出してくる。
智也は、震える手を伸ばし、それを両手で受け取った。
「祥……。君……これ、俺に?」
(……駄目だ。どうしよう。声が)
涙声になりそうだった。目の奥がつんとする。
「開けてみれば?」
祥悟はますますそっぽを向いて、こちらを見ようとしない。
でも、その方がよかったのだ。目が赤くなっているのが、バレずに済んだから。
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