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第92話 甘い試練13
智也は、うっかり滲みそうになった涙を必死に散らしながら、袋の口のリボンを解いて開けてみた。
綺麗に包装された包みを取り出し、破れないように丁寧にテープを外す。
(……っ)
出てきたのは、ブルーグレーが基調の柔らかい色合いのマフラーだった。そんなに高くはないと祥悟は言ったが、このしっとりとした手触りはおそらく上質のカシミアだろう。
智也は、マフラーをぎゅっと握り締めた。
4年の付き合いになるが、今まで誕生日プレゼントを贈り合ったことはない。
彼の誕生日と公表されていた8月に、さりげなくその話題を振ったことはあるが、祥悟はまったく反応しなかった。
もちろん、智也の誕生日についても、彼が関心を示したことはなかったのだ。
(……俺の誕生日を……調べてくれて、わざわざこれを……買ってくれた? 祥が?)
なんだか頭がふわふわしてきた。
だとしたら、祥悟が自分を呼び出したのは、面倒事の後始末の為じゃなくて……これを、自分に渡してくれる為……?
(……そんなこと……まさか……)
智也はマフラーを握り締めたまま、そっと祥悟の横顔を窺った。
「……っ」
祥悟はこちらをじっと見ていた。目が合ってどきっとする。
「お、いいじゃん、それ。やっぱその色、智也に似合うよな」
満足そうに微笑む祥悟の目が、すごく柔らかい。智也は心臓をきゅっと鷲掴みされたような気がした。
「これ……君が、選んでくれたの? 俺の……誕生日プレゼントに?」
「んー。まあね。店でそれ見た瞬間さ、おまえの顔が浮かんだんだよね」
(……ああ……どうしよう)
「誕生日……調べて、くれたのかい?」
祥悟は首を傾げて
「事務所に初めて顔出した日にさ、おまえのプロフィールを見たんだ。俺と同じ誕生日かよって思ったから、印象に残ってたんだよね。それってすっげー偶然だろ?」
(……っ。そんな……前から?)
祥悟は得意気な顔をしてから、智也の手からマフラーをひょいっと取り上げ
「ちょっと屈めよ」
ドギマギしながら身を屈めた智也の首の周りに、マフラーをふんわりと巻いてから、1歩後ろに下がった。
「んー。いい感じ。すげえ似合うじゃん。なぁ、おまえは気に入ったのかよ? それ」
満足そうに目を細める祥悟に、智也は慌てて頷いた。
「もっもちろんっ。嬉しいよ、祥。君がわざわざ俺に、こんな素敵なプレゼントを選んでくれるなんて……」
(……信じられないよ。夢みたいだ)
「そっか。でも本当はそれ、昨日のうちに渡したかったのにさ。おまえ戻って来ねえし?」
「……ごめん……」
「んじゃ、そろそろ寝ようぜ、智也」
祥悟はくあ~っと欠伸をすると、くるりと背を向け、再びドアの方へ向かう。その後ろ姿を、智也はまだ信じられない気持ちで見送った。
(……祥……。君って人は……)
さっきまでの、絶望的な気分はすっかり消えていた。我ながら現金過ぎるとは思うが、地獄の底から天国へと一気に引き上げられた気分だ。
智也は首に巻いたフラーに手を伸ばした。
目の奥がじわっと熱くなる。
マフラーの端を持ち上げ、そっと頬擦りしてみた。
それは、しっとりと柔らかくて、ふんわりと温かかった。
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