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第103話 揺らぐ水面に映る影2
「待てっ祥悟っ。話はまだ終わってないぞ!」
「はっ。誰が待つかよ! 俺の言うこと聞く気もねえんじゃん、離せってば!」
ドアを開けた途端になだれ込んできた怒号に、智也は唖然として廊下に飛び出した。
1番奥の社長室の前で、祥悟に掴みかかっているのは社長だ。
社長と祥悟の折り合いの悪さは事務所内では周知のことで、時折言い争う2人の姿は、智也も何度か目撃していた。
だが、激しい言い争いだけでなく、社長が祥悟に掴みかかっている姿なんて初めて見る。
智也は慌てて駆け出した。
「離せっつってんだろ、クソじじいがっ」
「貴様っ、誰に向かってそんな口を聞いているのだ!」
社長の手を振り払おうと暴れた祥悟の手が、勢いあまって社長の目元に当たる。
「社長っ」
智也の声にはっとして動きを止めた祥悟に、社長が拳をあげる。智也が2人の間に入ろうとする寸前、それは祥悟の頬に叩き込まれた。
ガっと大きな音がした。
咄嗟に避けられず、社長の拳をまともにくらって、祥悟の身体が大きくよろめく。
その身体を智也が抱き留めると、腕の中で祥悟はすかさず顔をあげて、社長を睨みつけた。
「はっ、クソが! 人の商売道具、殴ってんじゃねーしっ」
言いながら、抱き留めた智也の手を振り払おうともがく。
「ダメです!社長っ」
智也の大声に、橘社長ははっと我に返ったように、再び振り上げかけた手をおろした。
「社長っ」
「橘社長っ」
騒ぎを聞きつけた社員たちが、事務所から飛び出してくる。智也はもがく祥悟の身体を両腕ですっぽり抱き締めて、橘社長を睨んだ。
「どうしてこんなっ。何があったんですか? 社長っ」
「ばっか、おまえは入ってくんなっての。離せよっ」
腕の中で尚も暴れる祥悟を、力づくで押さえ込み、智也は言葉を続けた。
「いったいどうしたんですか?」
社長はバツの悪そうな顔になりながらも、じろっと祥悟を睨みつけて
「それはその愚か者に聞け。まったく……とんだスキャンダルだ。祥悟、マスコミが嗅ぎつける前に、おまえは身を隠せ。何を聞かれてもひと言も喋るなよ! ……渡会っ」
「はいっ」
名指しされた祥悟のマネージャーが、焦ったように橘社長に駆け寄る。
「おまえの責任でもあるのだぞ。 あの馬鹿者を連れて身を隠せ」
「社長。俺が連れていきます」
割り込んだ智也を、橘はぎろりと睨むと
「おまえのマンションではダメだ。すぐにマスコミが嗅ぎつける」
「では、どこかホテルにでも。とにかく、俺が彼を連れて行きます」
智也の必死な剣幕に、社長は険しい表情のまま、智也と祥悟を見比べていたが
「では好きにしなさい」
吐き捨てるようにそう言って、踵を返し社長室に戻って行った。
「待てよ! 人殴っといて……」
「祥!」
もがきながら社長に追いすがろうとする祥悟を、智也はするどい声で制して、身体をすっぽり覆うように抱き締めながら、エレベーターの方へ無理やり引きずって行った。
「離せよ!智也っ。離せって!」
「いいからここはいったん引こう。祥、乗って」
ボタンを押し、開いたドアに祥悟を押し込みながら自分も箱に乗る。
どんな事情なのか分からないが、今はここから祥悟を連れ出すのが先だ。
ドアが閉まり、箱が動き出すと、祥悟は智也の手を力いっぱい振り払い、弾みでよろけながら壁にもたれかかってガツンっと拳で叩いた。
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