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第106話 揺らぐ水面に映る影5

「なにって……別に? なんでもねーし」 祥悟は目だけでちろっとこちらを見て、また目を伏せる。 「何でもないわけ、ないよね。社長は厳しい人だけど、モデルの顔に手をあげたりはしないよ」 智也の穏やかな畳み掛けに、祥悟はふんっと鼻を鳴らすと、智也の手からタオルをひったくって完全に後ろを向き、自分で頬にあてた。 「あのおっさんが何怒ってんのか、俺が知るかよ。人の話、まともに聞こうともしないんだぜ」 「うん。じゃあ、社長が君に何を言ったのか、教えてくれるかい?」 拗ねた態度の祥悟に、智也は辛抱強く問い掛けた。祥悟はしばらくの間、頑なに黙ってそっぽを向いていたが、やがてはぁ……っと大きなため息をつくと 「アリサがさ、こないだ大手の化粧品メーカーのイメージキャラクターに抜擢されたじゃん?」 「ああ。そうだったね」 「あいつ、社長に呼ばれてさ、他の連中もいる前で、とんでもねぇこと言い出したらしい」 アリサ……水無月アリサだ。 うちの期待の新人モデルで、先日、祥悟にストーカーちっくに迫っていた娘。 やはり女関係だったのか……と、智也は内心ため息をついた。 「とんでもないことって? 君との交際宣言とか?」 祥悟はゆっくりとこちらを向いた。その目が叱られた子どもみたいで、智也はひやりとした。 「その程度ならさ、社長も鼻で笑って相手にしねえし?」 ……その程度じゃない? ならいったいどんな…… 「結婚するって言い出したんだってさ、あいつ」 「……っ。結婚?」 「相手は俺な。しかもさ、妊娠してるとか言いやがってさ」 「……え」 「お腹に祥悟くんの子どもがいるから、責任取って結婚してもらいます。ってさ」 「……」 智也は絶句して、バツの悪そうな祥悟の顔を呆然と見つめた。 ……結婚……。妊娠……。 予想外の言葉が頭の中にうわんうわんと鳴り響く。 ……祥が……結婚? あの娘が……妊娠? 祥の……祥の子どもを……? 「……妊娠……してるの……?」 無意識に言葉が零れ落ちていた。 祥悟はきゅっと首を竦めて 「それは、わっかんね。でもさ、もしそうだとしても、俺の子なはずねーし。俺、あいつとは多分……最後までやってねえもん」 口を尖らせる祥悟に、智也は眉を顰めた。 「……多分?」 智也の聞きとがめに、祥悟はまた叱られた子どものような顔になり 「う……。や、3ヶ月前ぐらいにさ、あいつんとこ、泊まったのは事実。あいつがあんまりしつこく誘ってくるからさ、遊びでいいならって念押して……」 「抱いたの? あの娘、まだ16歳……」 「や。その16の誕生日にさ、独りは寂しいって誘われてさ」 「抱いたの? あの娘を」 「……覚えてねえし。俺、あん時、徹夜続いててさ、途中で意識なくなってたし」 自信なさげな祥悟の声音に、胸の奥がヒヤリと冷たくなった。

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