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第113話 揺らぐ水面に映る影12
重たい気持ちを抱えて、祖父の家に辿り着くと、玄関の呼び鈴は鳴らさずに鍵で開けて入った。廊下を歩いていくと、居間の方から声が聞こえる。
……祥の声だ。
智也はどきっとして足を止め、深呼吸した。
表情を引き締め、そっと扉を開ける。
「へえ。じゃあ結構わんぱくだったんだ?」
「ええ。それはもう。やんちゃな盛りでございましたからねぇ」
楽しげな声は、祥悟と峰さんだった。
覗き込むと、祥悟はこちらに背を向けて椅子に座り、台所にいる峰さんと話をしているらしい。
「ふーん。意外かも。あいつ、すっげー落ち着いてるからさ、そういうの全っ然、想像つかねーし」
祥悟の笑い混じりの声に、つられたような峰さんの笑い声が重なる。
「もう大きくおなりですからね。すっかりご立派になられて」
祥悟は峰さんと打ち解けて、リラックスした様子だった。その弾むような明るい声に、智也は内心ほっとした。
自分がいっぱいいっぱいだったせいで、不慣れな家に彼一人を置き去りにしてしまった負い目を感じていた。それに、こんな鬱屈した気分で祥悟の相手をしたら、ポーカーフェイスを保てる自信がなかったのだ。
「ただいま。遅くなって、ごめん」
智也が声をかけると、祥悟がくるっとこちらを振り返る。腫れはだいぶひいていたが、赤黒い痣がまだ痛々しい。でも、祥悟の機嫌は悪くないようで、こちらの顔を見るなりにやっとして
「ほんと、おっせーよ、智也。今さ、峰さんとおまえの悪口言ってたとこだし」
弾むような声で、いつもと変わらないちょっと皮肉っぽい笑顔を見せてくれた。
……よかった……。祥は……怒ってない。
智也はつられて笑顔になると
「聞こえていたよ。悪口じゃないよね。峰さんは俺のことを悪く言ったりはしないよ」
祥悟はひょいっと首を竦めた。
「ちぇ。聞いてたのかよ。峰さんがさ、超美味そうな夕飯作ってくれてんの。おまえも一緒に食うだろ?」
「ああ。ご馳走になるよ。峰さん、遅くまですみません」
峰さんは布巾で手を拭きながら顔を出し、にこやかに微笑んで
「いいんですよ。このところ、暇を持て余していたんだから。こんなハンサムくん2人のお世話が出来るなんて、両手に花だわ」
おっとりと穏やかな峰さんの優しい声に、心が和む。
智也は上着を脱いで椅子の背にかけると、祥悟の斜め向かいの椅子に腰をおろした。
入れ違いに、祥悟は身軽に立ち上がり、食器を運ぶ手伝いを始めた。一緒に手伝おうと立ち上がりかけた智也を手で制してきて
「おまえはいいから座ってろって。撮影、長引いたんだろ? すっげー疲れた顔してるし」
「あ……ああ、いや。君こそ怪我が……」
「怪我っていってもさ、顔だけだし。もう痛みはかなりひいてんの。ま、この顔じゃ、当分、仕事は無理だけどな」
「うん……そうだね」
智也は顔を曇らせた。
社長から、祥悟の今後についても話を聞いていた。当面の問題はアリサの件だが、びっしりと詰まった祥悟のスケジュールについても、既にいろいろとややこしい問題が生じている。キャンセルや延期などの調整に追われて、社長だけでなく事務所全体が殺気立った雰囲気だった。
そして、祥悟の双子の姉の里沙からきた電話のこと。
食事を終えたら、祥悟とじっくり話をしなければいけない。
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