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第116話 揺らぐ水面に映る影15

智也が自分の携帯電話を取ってきて差し出すと、祥悟は顔を顰めたまま、じっとそれを見つめていたが、はぁ……っと大きなため息をつくと、しぶしぶ受け取った。 「仕方ねえし。覚悟、決めるか……」 登録されている里沙の電話番号を呼び出し、嫌そうに電話をかけ始めた祥悟のカップを持って、智也は台所に向かった。 同い年の姉の里沙は、祥悟の唯一の弱点だ。他の誰に対しても不遜な態度を変えないが、里沙にだけはいつまでも頭があがらないらしい。 撮影現場の隅っこで、里沙に説教されて弱りきった顔をしている祥悟を、智也は何度も見かけていた。 ……内容が内容だから、きっと彼女の雷が落ちるな……。 祥悟が電話を渋る気持ちは分かる。アリサのことを姉に伝えるのは……相当気が重いだろう。 ……俺が説明してあげた方が……よかったかな。 祥悟の紅茶をいれなおしながら、智也は首を傾げた。だがあの内容は、自分から伝えるのもかなり勇気が要る。 「……や。だからさ。怪我治ったらそっち行くから。そん時話すし。……違うっつーの。いや、だからさ……」 案の定、リビングから祥悟の声が聞こえてくるが、いつもの俺様っぷりはどこへやら、弱りきった口調だった。 ……まあ、少しお灸をすえてもらった方がいいのかもしれないな。 祥悟の派手な遊びっぷりは、この業界では結構有名だ。以前から多少のいざこざは起きていたのだ。 祥悟自身、自覚しているのかは分からないが、彼はとにかく女にも男にも歳上にも歳下にもよくモテる。祥悟と同じ遊び慣れた相手なら、ちょっとした火遊び程度で済むが、今回のように相手を間違えると、大火事になる。 前から、そういう危険は感じていたが、なにしろ自分は、その祥悟に女の子との遊び方を教えてしまった悪い大人だ。祥悟に説教など出来る立場ではなかった。そもそも祥悟は、自分の忠告など聞く耳を持たないだろうし。 「……わかったっつーの。はいはい。じゃあな。……は? もう切るよ……いや、だからさ、泣くなってば。大丈夫だって。……へ?いや、おまえはこっち来んなよ。隠れてる意味ねーし。怪我って言ってもさ、顔ちょっと腫れただけだし。……そ。智也がいろいろやってくれてるから問題ねえの。……んー。わかったっつーの。俺はガキかよ? はいはい、わかりましたー。んじゃ、切るよ?」 智也が頃合いを見計らって、紅茶を持ってリビングに行くと、ようやく電話を終えた祥悟がクッションを抱き締めていた。 ……うわ。相当……凹んでるな……。 大きなクッションを抱えて、祥悟はぐったりとソファーと一体化している。その拗ねた子どものような姿に、智也は思わずふきだした。 「は? なに笑ってんのさ」 聞き咎めた祥悟が、ガバッと身を起こす。不機嫌を絵に描いたような顔で睨まれて、智也は慌てて笑いを引っ込め首を竦めた。 「笑ってなんか、いないよ」 「や。今笑ってたし。……超ムカつく……」 持っているクッションを投げようと構える祥悟に、智也は慌てて手を振った。 「こらこら。そんなもの投げないで。紅茶が零れるから」 祥悟は振り上げたクッションを再び抱き締めた。 ……そのクッションになりたいな。 などと、ふとしょうもないことが頭をよぎったが、もちろん口には出さない。

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