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第120話 揺らぐ水面に映る影19
「いやだから、さっき言っただろう。狭いから一緒に寝るのはなしだよ」などと、とても言える雰囲気じゃない。
智也はしばらく無言で祥悟を見つめ、反論を諦め肩を落とした。
「いいよ。おいで」
奥に詰めながら微笑んで頷くと、祥悟はちょっと物言いたげにこちらの表情を窺い、やがてほっとしたようにベッドにモゾモゾとあがってきた。
こちらの枕をぐいーっと奥に押しやり、隠していた自分の枕をぽふんっと並べて、満足そうに横になる。
「う~。あったかいし」
掛け布団を顔の半分まで被ってぬくぬくと嬉しそうな祥悟に、智也はため息をついた。
「寒いのにそんな格好してるからだよ。着ていたパジャマはどうしたの?」
「え~。だってさ、おろしたてのパジャマってなんかパキパキすんじゃん。身体に馴染んでねえ感じで気持ち悪いんだよね」
……いや、だからってシャツ1枚で歩き回らないでよ。
智也は心の中でツッコミを入れた。
「布団、もう1枚持ってこようか? これじゃ、はみ出してしまうだろう」
智也がそう言って、立ち上がろうとすると、祥悟の手が伸びてきて袖を掴む。
「いいし。めんどくせえもん。それよりさ」
ぐいぐい引っ張られて智也が横になると、祥悟が抱きつきながら胸に顔を埋めてきた。
「こうやって寝りゃあったけーし?」
もぞもぞと胸に顔をすり寄せてくる祥悟の身体を、智也はそっと抱き締めた。
祥悟のこの無邪気な残酷さは、出逢った時から変わらない。仕方ないのだ。彼のこういう所にも自分はどうしようもなく惹かれてしまったのだから。
祥悟の言う通り、こうして抱き合うとすごく暖かい。人肌の温もりは格別だ。身体だけじゃなく心まで、ぽかぽかしてくる。
祥悟はしばらくごそごそと、居心地のよい体勢を探して動いていたが、ようやく納得いく状態になったのか、大人しくなった。
自分の胸元で丸くなっている姿は、まるで仔猫みたいだ。
智也は苦しくないようにふんわりと祥悟の身体を腕で包んだ。
人の身体は、こんな風に内側にまあるくなって、大切な人を抱き締め、すっぽりと包み込めるように出来ている。こうしていると腕の中の存在に、自然と愛おしさが込み上げてくる。
……気紛れ仔猫の抱き枕だな……。
昨夜はやはり慣れない場所での独り寝で、ゆっくり熟睡出来なかったのだろう。
祥悟はすぐにすよすよと、気持ちよさげな寝息をたて始めた。
眠るという1番無防備な行為で、何の抵抗もなく自分の腕の中に包まれてくれる祥悟の、絶対的な信頼が嬉しくて、せつない。
規則正しく微かに上下する、腕の中の愛しい存在。自分と同じ形の愛情を望めば、この大切な温もりは、もうこの腕の中には戻ってこないだろう。
どれほど深く愛を注いだからといって、同じ愛を返してくれるわけじゃない。欲しがりの自分のわがままを、祥悟に押し付けてはいけないのだ。
……やっぱり俺は、君が好きだよ、祥。でも、だからこそ、俺は君から離れてみようと思う。君が俺に望むこの無邪気な距離感を、守り続ける為に。君が俺に寄せてくれる信頼を、壊さない為に。
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