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第127話 挿話(祥悟視点)『猫の気持ち』1
アリサを宥めすかして、ようやく屋敷から追い返すと、祥悟はため息をついてソファーに座り込み、クッションを両手に抱えた。
壁の時計にちらっと目を向ける。
もう21時過ぎだ。
……何やってんのさ……智也。おまえ、今日来るって言ったじゃん。
19時過ぎには戻れると連絡をくれていたのだ。1時間待っても帰って来ないから、祥悟は電話をしてみた。でも、智也の携帯電話に何度かけても繋がらない。
「腹……減ったし……」
独り呟いて、大きなクッション越しに、キッチンの方を見た。
冷凍庫には、峰さんが来ない時の為に、レンジで温めるだけの惣菜が入っている。全部、智也が用意してくれたものだ。
でも……。
あれを独りで、もさもさ食べるのはつまらない。味気ない出来合いのものだって、智也と一緒に食べるから美味しいのだ。
祥悟はぷーっと頬をふくらませて、もう1度携帯電話をポケットから取り出した。
智也からの着信は……ない。
もう1度かけてみようとして、やめた。
ソファーに電話を放り出す。
「来るって言ったじゃん。明日はオフだっつったろ。来ないなら電話くらい寄越せよな。……ムカつく。智也のばーか」
電話に悪態をついてみた。
ついでに、抱えているクッションを智也の顔に見立てて、両手でグ二ーっとつまんでみた。
ひとしきり、つまんだり叩いたりしてから、虚しくなってやめた。
「はっ。ばかだろ、俺」
再びクッションを抱き締めて、顔をすり寄せ埋める。
静まり返ったリビングに、時計が時を刻む音だけが小さく響いた。
昼間、智也から「明日はオフだからこちらに泊まる」と電話がきた後、社長が突然やってきて、怪我の謝罪を受けた。「根回しは済んだから謹慎も解く、一緒に事務所に来い」と言われたが、祥悟は今日は無理だと断った。
智也に何も言わずに、ここを去るのは嫌だったのだ。
社長が帰った後で、今度はアリサが乗り込んできた。
祥悟としては、正直、面倒くさかったのだ。アリサの相手をするのは。だから、勝手にやって来たアリサを何も言わずに追い返してやろうかと思った。
騒ぎになろうが、それで事務所を首になろうが、別に構わなかった。
ただ、智也が自分をすごく心配してくれて、時間を割いて面倒を見てくれた。
あいつに、そんなことをする義理なんてないはずなのに。
それに、夜になれば智也が帰ってくる。
智也は優しい男なのだ。
おそらくは、バカをやって怪我までしてしまった自業自得の自分を気の毒に思って、見捨てられずにいろいろ面倒をみてくれている。
あいつは、お人好しなくらい優しい男だから。
そういう智也の優しさが、祥悟は嬉しかった。
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