129 / 349

第129話 硝子越しの想い7

「祥、そんな格好していたら風邪をひくよ、着替えて……」 「ひくかよ、風邪なんか。いっつも家ん中じゃこの格好じゃん。それより君さ、歳いくつ?」 まるで獲物を見つけた猫のように、楽しそうに瑞希にちょっかいをかけようとする祥悟を、智也は慌てて制したが、軽くいなされた。 瑞希は戸惑いながらそーっと椅子に座り直すと、祥悟の身体から微妙に目を逸らしつつ 「あの、僕、今年の4月に19になります」 「え。19?見えないなぁ。中学生かと思ったし」 瑞希はちょっと傷ついた顔になり、また智也をじと……っと見た。 祥悟が初めて会う相手に、こんなに興味津々に食いつくのは珍しい。智也はため息をついて2人の間に割って入ると 「祥。君、朝ごはんまだだよね? こないだのベーカリーで君の好きなやつを買ってきたんだ。今、温めてくるから……」 「腹減ってない。食いたきゃ2人で食えば?」 ピシャリと遮る祥悟の顔は無表情で、声音にもキツい響きはない。自分を見上げる眼差しにも不機嫌な色はまったく滲んでいないが、おそらく祥悟は……怒っている。 当然だ。昨日、来なかったことも、彼の電話を無視し続けたことも、自分は彼に詫びていないのだから。 智也は神妙な顔になり、祥悟に真っ直ぐ向き直ると、深々と頭をさげた。 「ごめん、祥。昨日は連絡もせずに……申し訳なかった」 そのまま頭を下げ続けるが、祥悟から答えはない。ゆっくりと顔をあげると、椅子の背もたれに頬杖をつき、自分を見上げる祥悟と目が合った。その目が一瞬、寂しげに揺らめいて見えて、智也はドキッとした。 「都合悪くなってさ、来られねえの、仕方ないけどさ。電話1本ぐらい寄越せよな」 「祥」 「何かあったのか、とかさ、いろいろ考えちまうじゃん」 無表情に淡々とした口調で言われて、それがかえって酷く堪えた。智也は顔を歪め 「うん。そうだよね。本当に……すまなかった。電話するべきだったね」 祥悟は頬杖をやめて椅子から立ち上がると 「そーゆー辛気臭い面すんなっつーの。めんどくせえし。それより飯食えば?」 「あ……ああ。祥、君は本当に食べないのかい?」 リビングの方に行きかけた祥悟が振り返った。 「食ってやるよ。あっためてくれば?」 首を竦めて戻って来て、今度は瑞希の向かい側の椅子に腰をおろした。 「あ。ああ。待ってて」 智也がキッチンに向かおうとすると、瑞希が慌てて腰を浮かし 「あ、智くん。僕も何か手伝う」 「いいよ、瑞希くん、座ってて」 智也は瑞希に手を振ると、急いでキッチンに向かった。 オーブントースターで軽く焼いたクロワッサンと紅茶で、3人並んで遅い朝食を取る。 「おまえさ、今、高校生?」 「うん。今年卒業です」 「ふうん。大学進学すんの?」 「ううん。僕、他にやりたいことがあるから」 「やりたいこと? 何さ」 「え。内緒。恥ずかしいから」 最初は誰も口をきかず、気まずい沈黙が流れていたが、ふいに祥悟が瑞希に話しかけ始めた。人懐っこい瑞希が嬉しそうにそれに答え、その場の雰囲気が一気に和む。 祥悟はどうやら、初対面の瑞希が気に入ったらしい。基本的に他人には一切興味を示さない彼が、珍しく瑞希には次々と質問を投げかけている。 智也は2人のやり取りを黙って見守りながら、内心ほっと胸を撫で下ろしていた。

ともだちにシェアしよう!