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第129話 硝子越しの想い7
「祥、そんな格好していたら風邪をひくよ、着替えて……」
「ひくかよ、風邪なんか。いっつも家ん中じゃこの格好じゃん。それより君さ、歳いくつ?」
まるで獲物を見つけた猫のように、楽しそうに瑞希にちょっかいをかけようとする祥悟を、智也は慌てて制したが、軽くいなされた。
瑞希は戸惑いながらそーっと椅子に座り直すと、祥悟の身体から微妙に目を逸らしつつ
「あの、僕、今年の4月に19になります」
「え。19?見えないなぁ。中学生かと思ったし」
瑞希はちょっと傷ついた顔になり、また智也をじと……っと見た。
祥悟が初めて会う相手に、こんなに興味津々に食いつくのは珍しい。智也はため息をついて2人の間に割って入ると
「祥。君、朝ごはんまだだよね? こないだのベーカリーで君の好きなやつを買ってきたんだ。今、温めてくるから……」
「腹減ってない。食いたきゃ2人で食えば?」
ピシャリと遮る祥悟の顔は無表情で、声音にもキツい響きはない。自分を見上げる眼差しにも不機嫌な色はまったく滲んでいないが、おそらく祥悟は……怒っている。
当然だ。昨日、来なかったことも、彼の電話を無視し続けたことも、自分は彼に詫びていないのだから。
智也は神妙な顔になり、祥悟に真っ直ぐ向き直ると、深々と頭をさげた。
「ごめん、祥。昨日は連絡もせずに……申し訳なかった」
そのまま頭を下げ続けるが、祥悟から答えはない。ゆっくりと顔をあげると、椅子の背もたれに頬杖をつき、自分を見上げる祥悟と目が合った。その目が一瞬、寂しげに揺らめいて見えて、智也はドキッとした。
「都合悪くなってさ、来られねえの、仕方ないけどさ。電話1本ぐらい寄越せよな」
「祥」
「何かあったのか、とかさ、いろいろ考えちまうじゃん」
無表情に淡々とした口調で言われて、それがかえって酷く堪えた。智也は顔を歪め
「うん。そうだよね。本当に……すまなかった。電話するべきだったね」
祥悟は頬杖をやめて椅子から立ち上がると
「そーゆー辛気臭い面すんなっつーの。めんどくせえし。それより飯食えば?」
「あ……ああ。祥、君は本当に食べないのかい?」
リビングの方に行きかけた祥悟が振り返った。
「食ってやるよ。あっためてくれば?」
首を竦めて戻って来て、今度は瑞希の向かい側の椅子に腰をおろした。
「あ。ああ。待ってて」
智也がキッチンに向かおうとすると、瑞希が慌てて腰を浮かし
「あ、智くん。僕も何か手伝う」
「いいよ、瑞希くん、座ってて」
智也は瑞希に手を振ると、急いでキッチンに向かった。
オーブントースターで軽く焼いたクロワッサンと紅茶で、3人並んで遅い朝食を取る。
「おまえさ、今、高校生?」
「うん。今年卒業です」
「ふうん。大学進学すんの?」
「ううん。僕、他にやりたいことがあるから」
「やりたいこと? 何さ」
「え。内緒。恥ずかしいから」
最初は誰も口をきかず、気まずい沈黙が流れていたが、ふいに祥悟が瑞希に話しかけ始めた。人懐っこい瑞希が嬉しそうにそれに答え、その場の雰囲気が一気に和む。
祥悟はどうやら、初対面の瑞希が気に入ったらしい。基本的に他人には一切興味を示さない彼が、珍しく瑞希には次々と質問を投げかけている。
智也は2人のやり取りを黙って見守りながら、内心ほっと胸を撫で下ろしていた。
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