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第132話 硝子越しの想い10
自分を嘲笑うような顔で見上げてくる祥悟に、胸の中のむかつきが増していく。
……人の気持ちも、知らないで。
好きだから憎らしくて仕方がない。
どうしてわかってくれないのだと、理不尽な感情が胸の中で荒れ狂う。
わかるはずはないのに。
自分は祥悟に、伝える言葉を持てない臆病者だ。
智也は込み上げてくる思いをぐっと押し殺して、無理やり微笑みを浮かべた。
「そうだね。瑞季のことは大切だよ。だから君に、軽はずみにちょっかいをかけて欲しくはないかな」
震えそうになる心を抑え込み、わざとゆっくりと抑揚のない声を絞り出す。
祥悟の瞳が一瞬だけ、何か言いたげに揺らめいた気がした。でもそれはすぐに消えて、祥悟はまるで勝ち誇ったような笑みを満面に浮かべた。
「そっか。なるほどね。おまえが昨夜来なかったのって、そういうことかよ」
祥悟は独り言のように呟くと、襟を掴んだままの手をうるさげに払い除けながら、立ち上がった。
「と、智くん、僕……」
自分と祥悟のやり取りを見守っていた瑞季が、おろおろとこちらを見比べている。
「悪かったな、邪魔してさ」
祥悟は瑞季ににこっと笑いかけると、くるりとこちらに背を向けて
「ごちそうさま」
「あ。祥。どこに」
そのままリビングを出て行こうとする祥悟に、智也は慌てて呼びかけた。祥悟は立ち止まり、振り返らずに首を竦めて
「着替えてくる。そろそろ行かねえとだし?」
「行くって……何処へ」
「んー。社長から呼び出しくらってんの。謹慎解くからさっさと事務所に来いってさ。あーあ。かったりぃ」
言いながらドアの方に歩き出す祥悟を、智也は追いかけた。
「行くって、今すぐかい? もうここから出て行くってことなのか」
祥悟はドアノブを掴んでガチャっと回し
「んー。まあな。智也、いろいろ面倒見てくれてありがと。すげえ……居心地よかったし、ここ。でもさ、そろそろ下界に戻んねーとさ。迷惑かけて、ごめん」
「祥。待ってくれ。あ……じゃあ、着替えたら送って行くよ。事務所にいったん顔を出したら、何処かで食事でも」
祥悟はドアを勢いよく開け放つと、くるっとこちらを振り返った。
「や。ここからは1人で出て行く。ずっと匿ってもらってたのにさ、おまえに付き添われて事務所行くとか、超みっともねーし?」
そう言ってにかっと笑う祥悟の顔を、智也は探るように見つめた。嫌な言い方をして怒らせたかと思ったが、祥悟の表情にそんな色は見当たらない。
「祥……」
「ほんとに、おまえには世話になった。感謝してる」
祥悟はそう言って頭を下げると、ちょっと照れたようににやっと笑って、リビングを出て行った。
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