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第133話 硝子越しの想い11
「ね、智くん。本当にあれでよかったの?」
瑞季と一緒にマンションの部屋に戻ると、智也は妙に脱力した気分で荷物を放り出し、ソファーにどっかりと腰をおろした。
瑞季が隣にちょこんと腰をおろし、少し遠慮がちに下から顔を覗き込んでくる。
「ん? 何がだい? あれでよかったって……」
智也が首を傾げながら問うと、瑞季はちょっと目を泳がせてから、もう一度こちらをじっと見つめて
「智くん……あの人のこと……祥悟さんのこと、好き。でしょう?」
好き。に微妙なニュアンスを感じて、智也は目を細めた。瑞季は少し目を逸らして
「祥悟さんのこと、好きでしょう?」
もう一度、ゆっくりと同じ言葉を繰り返す。
その好き、に込められた意味は、多分、普通の好き、じゃない。
「好きじゃ、ないよ。瑞季くん。君が言っている意味ではね」
「僕が言ってる意味で、あの人のこと好きだもん、智くんは」
瑞季は妙にきっぱりと断言口調で、すかさず切り返してくる。
智也は黙り込み、しばらくじーっと瑞季を見ていた。瑞季はちらっとこちらを見ると
「僕。わかっちゃった。智くんの、気持ち。あの人のこと……祥悟さんのこと、智くんが見てる時の目で」
「瑞季くん、俺は」
「祥悟さんは、知らないんだ。智くんの、気持ち」
胸の奥がズキズキと痛む。
今はそれを、はっきりと言って欲しくない。
「ちゃんと、伝えた方がいいって思う。僕、僕ね、祥悟さんも……」
「ストップ。やめよう、瑞季くん。その話、今はしたくないんだ。……わかってくれ」
少し語気が荒くなって、智也は慌ててトーンを落とした。瑞季はきゅっと眉を潜め、じりっとこちらににじり寄って来ると
「忘れたい? 祥悟さんのこと」
すぐ間近で、まるでこちらの心の奥底を見通すような、真っ直ぐな目で見つめられて、智也はたじろいだ。
「瑞季くん。俺は」
「僕も、忘れたい。でも……忘れられない。あんな酷いこと、されたのに、それでも僕、亨くんのこと、忘れられない」
瑞季の黒目がちな瞳に、揺れて波打つ雫が滲んでいく。それはみるみるふくらんでいって堪えきれずに決壊した。
ぽろぽろと零れ落ちる大粒の涙は、哀しい色なのに恐ろしく綺麗だった。
泣いているのは、瑞季だ。
でも、自分の心も今、こんな大粒の涙を零しているのかもしれない。
綺麗過ぎて心が痛い。
違う。痛いのは、そうじゃない。
智也は震える手をそっと伸ばした。瑞季の頬を両手で柔らかく包み、親指の腹で涙をそっと拭う。
瑞季が、くしゃっと顔を歪めた。その表情に、自分の泣いている心が共鳴する。
「智くん。忘れたい?」
瑞季の涙声に、智也はくしゃっと顔を歪め、小さな顔を引き寄せて、唇を押し付けた。
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