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第134話 挿話(祥悟視点)『猫の想い』
「智くん……かよ」
久しぶりに戻った自分のマンションの部屋で、祥悟はビール缶を煽りながら、昼間、事務所で渡された今後のスケジュール表と撮影の資料を、ぼんやり眺めていた。
目は、細かく書き込まれた文字を追っているのに、少しも頭に入って来ない。
思い出すのは……智也の祖父の屋敷で見た光景ばかりだった。
前の日に連絡が取れず屋敷にも来なかった智也が、突然連れてきた瑞季という少年。整った顔立ちの智也と並んで似合いの、まあるい優しげな目をした美少年だった。
自分とはまるで違うタイプのその子を見る智也の眼差しは、ひどく優しくて……妙に癪に触った。智也を見つめる瑞季の眼差しもまた、信頼し安心しきった様子だった。
見てくれは似ていないが、2人が醸し出す雰囲気はどこか同じ匂いがして……自分には入り込めない親密な空気を漂わせている。智也がそんな風に自分のテリトリーに入ることを許している相手は、実は初めて見たのだ。
「智くんって……なにさ」
さっきから、同じことを呟いている自分がバカみたいだ。
でもムカついて仕方ない。
瑞季が何度も口にした「智くん」という呼び名が。10近く歳上の智也を、なんの違和感もなく「くん」付けで呼ぶ。その声音には、妙に甘えた独特の媚びを感じた。親戚だと言っていたが、2人の間にはおそらく血の繋がり以上の、自分には立ち入れない領域が存在している。それが何なのかは分からないが、自分と智也の間に、見えない壁を作っている気がした。
「智くんって……呼ぶなっつーの」
また、独り言が口をついて出た。
祥悟はぷーっと顔をふくらませると、飲み終わったビール缶をぎゅっと握り潰して、床に放り投げた。静まり返った室内の床に、缶が転がる乾いた音がやけに虚しく響く。
祥悟は、昼間からずっと持て余している訳の分からないもやもやを、荒々しいため息と共に吐き出した。そのままソファーに寝転んで、両手で脚を抱え込み丸くなった。
「智也の、ばーか」
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