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第139話 硝子越しの想い16
「祥……」
智也の手から携帯電話が滑り抜け、テーブルにガタンっと音をたてて落ちた。
照れくさそうにためらい、途中何度も言葉を詰まらせながら話す祥悟の声。おそらくは半分そっぽを向きながら、苦手な留守録に声を吹き込んでいたのだろう。その祥悟の顔つきまでが、鮮やかに脳裏に浮かぶ。
「……っく」
智也はがっくりと項垂れ、テーブルに両手をついた。
……祥……。どうして……どうして、君は。
何度捕まえようとして手を伸ばしても、すり抜けて逃げてしまう気紛れな天使。
もう、どうにもならなくて諦めようと腕を下ろすと、急に振り返って照れたような笑顔を見せてくれるのだ。
「……智くん……?」
戸惑うような瑞季の呼びかけに、智也はハッとして顔をあげた。
そうだ。瑞季が……自分を待っているのだ。
智也はのろのろと首を動かし、キッチンの方を見た。棚にあるオリーブ・オイルを……取ってこないと。
……いや。無理だ。もう……。
興奮しきっていた頭も身体も、まるで冷水をかけられたように、すっかり萎えてしまった。オイルを手に瑞季の所に戻って、あの続きをするなんて……無理だ。
留守録のメッセージが、愛しくて残酷な天使の声が、繰り返し頭の中で再生される。
照れたようにそっぽを向きながら笑う祥悟の顔が……。
智也はくしゃっと顔を歪めた。
「ごめん……瑞季くん。ごめんね」
言いながら、瑞季の方は見ないようにして、足早にドアに向かった。
「え? 智くん?」
「ごめん。本当に、ごめんね」
ドアを開けてリビングから出ると、そのまま浴室に向かった。
シャワーのコックをひねり、まだ温かくなっていない水を頭から浴びる。
「……っう」
必死に堪えていた嗚咽が漏れ出た。目が燃えるように熱くなり、涙が溢れ出す。
「……っ祥……。祥……っ。祥……っ」
……どうしてなんだ。どうして……君は……っ。
どうしてこんなにも、自分を捕らえて離さない?
何度忘れようとしても、諦めようとしても、絶妙なタイミングで伸びてくる、細い糸が断ち切れない。
この腕の中に、しっかりと抱き締めさせてもくれないくせに。
この心を受け止めてもくれないくせに。
智也は腕を前に出して、自分の手のひらを見つめた。涙で揺らめくそれは、力なく幻の人を掴もうともがいている。
「祥。ダメだよ……。どうしても君を……忘れられない。頼むよ……祥……頼むからもうやめてくれ……」
智也は握り締めたこぶしを、壁に打ちつけた。
腹の奥から込み上げてくる慟哭は、もう抑えきれない。
「祥……俺が好きなのは君だ。抱きたいのは君だけなんだよ! 君しか……要らないんだ!あああ……っくそっ」
智也は叫びながら、壁をこぶしで叩き続けた。
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