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第142話 硝子越しの想い19

あれからもう4年。同じ事務所の先輩として、そして頼れる兄貴代わりとして、ゆるい距離を保ちながらも、祥悟の傍らに寄り添ってきた。 心に彼へのせつない思慕を秘めて。 「他の人、好きになったことはなかった?」 「ないな。いい加減しんどくてね、他に目を向けたいって思ったことはあったけど。でも……無理だったね」 ふふ……とため息混じりに笑うと、瑞季は首を可愛らしく傾げて 「祥悟さんに、打ち明けないの? 智くんの、気持ち。ひょっとして智くん、片想いって、思い込んでるだけで、ほんとは」 智也はすかさず首を横に振り 「言わないよ。告白はしない。だって祥は、ゲイじゃないから」 「うー……。たしかに、祥悟さんって言ったら、派手な女性関係が有名だけど。でも、もしかしたら、バイって可能性もあるでしょ?」 「たぶん、ないな。もしそうなら、今まで祥悟に言い寄る男はたくさんいたからね。ひとつやふたつ、そういう話が出ても不思議じゃないよ。それに……」 智也は握り締めた自分の手をじっと見つめて 「祥は、苦しい恋をしているらしい。片想いだと……絶対に報われない恋だと言っていたけどね」 瑞季ははっと息をのんだ。 「え……。祥悟さん。本命がいるんだ?」 「……うん」 ただ密かに思い続けていることが、こんなにも辛くなってしまったのは、祥悟に結婚や子どもが出来る可能性を思い知ってしまったのと、彼に本命の存在がいることを知ってしまったせいだった。 祥悟の派手な女性関係に、今まで何も感じなかったわけじゃない。でも、遊びならば、彼が誰か1人のものになるわけじゃない。そう、自分に言い聞かせてきたのだ。 でももし彼が、結婚して家庭を持ってしまったら……。報われないと断言している本命の彼女と、もし結ばれてしまったら……。 その可能性に気づいた時、自分はようやく、自分の中に眠る激しい独占欲の存在を思い知ったのだ。 密かに想い続け、彼の幸せを見守り続けるだけでいい。そんな綺麗事の仮面をつけた自分の中に潜む、本当の自分の心に。 彼が誰か他の人のものになるかもしれないことが、ショックだったんじゃない。 自分の本心に、今まで気づいていなかったことがショックだった。 気づいてしまった心の奥の暗い炎は、これまでつけていた仮面を一瞬で燃やし尽くしてしまった。 祥悟を自分だけのものにしたい。他の誰にも渡したくない。もし彼が……他の誰かのものになるのなら……。 「……智くん……?」 瑞季の声に、智也ははっと我に返り、爪が食い込むほど握り締めていた手から力を抜いた。 ……だめだ。それは考えるな。考えちゃいけない。

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