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第3話

 それでも結局は遥は湊に四日間引き取られることになった。 「くれぐれも、間違いのないように、お願いします」と母は口を酸っぱくする程言った。湊も「勿論です」と返した。マンションのエントランスでそんなことが繰り広げられた。けれどそれは遥にはどうでもいいことだ。これから四日、湊と一緒にいられるという事実が大きかった。  母を見送り、はじめて湊の家を訪れる。エレベーターで十八階というのにも驚いたけれど、部屋の広さにも驚いた。 「遥くんは客間を使ってね」と言われて、遥は露骨に「えええ」と不満を口にした。 「あのね、僕もアルファなの。何かあってからじゃ、遅いんだからね」  聞き分けのない子供を諭すように湊は言う。 「『何か』ってなんですか。僕は先生と番になりたい」  かたい革の首輪に遥の手をかけると、湊の手がそれを止めた。 「次、その首輪を外そうとしたら、もう二度と君の主治医はしない」  冷たい声だった。湊は多分本気で遥が首輪を外すのを嫌がっている。そこまで言われて強行する程遥もばかではないので、「はい」と大人しく引き下がった。  後味悪く、遥は用意してもらった客間に荷物を広げる。上着はクローゼットにしまって、タブレット、パソコン、本、とトランクから取り出したものを備え付けの机に置いた。  そこで急に、遥はからだの怠さを感じた。熱っぽく、ぼんやりとして、からだが重たい。  あ、ヒートが来たのだ、と思ったけれど、もう遅い。このヒートは完全に予定外だった。  半ば無意識に遥は湊を求めて、客間を出た。 「せんせ? みなとせんせい?」  白いバスルーム、タイル張りのキッチン、居心地のよさそうなリビング、と湊を探し回る。ソファから湊のにおいがして、遥はそこに吸い寄せられるようにして、顔をうずめた。からだは重たいし、もう動きたくなかった。 「みなとせんせい」  怠い。熱い。苦しい。助けて欲しい。  どれくらいそうしていただろう。ぱたぱたと足音が近付いてきて、「遥くん?」と声をかけられた。怠くて目を開けるのも億劫だったけれど、声だけで湊だとわかる。 「せんせえ、苦しいの」  熱っぽさで涙の浮いた瞳で、湊を見上げる。湊は屈んで、それでも遥からは一定の距離をとって、「抑制剤は?」と尋ねた。 「飲みました。効くときと、あんまり効かないときがあるみたいで」  今日はだめでした、と何とか笑顔を作って遥は伝える。 「部屋に戻れる?」  尋ねる湊に、ふるふると首を横に振る。もう頭の中は湊に抱き上げられたい気持ちでいっぱいだ。 「せんせい、抱っこして」  両腕を湊に差し出す。湊はしばらく逡巡したのち、腹を決めたらしい。遥の小さなからだを抱き上げて、遥の部屋まで運んでくれる。 「つらいけれど、寝ていて。できるね?」  そう言って遥の頭を撫でてくれる。でもそれは遥にとって逆効果だ。優しくされればされる程、下半身に熱が溜まる。 「せんせい、キスして」  せめてそれくらいして欲しかったのに、憐れむような表情で「我慢して」と言われてしまった。  寂しくて、ベッドの中でからだを小さく丸まらせていた。吐く息は熱いのに、からだも火照っているのに、意中の湊は遥に最低限以上は触れるつもりはないのだ。好きな人に素っ気なく扱われるのは、切ない。  夕食に出された雑炊は味がしなかった。

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