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第20話 女王様になることが確定
「八咫烏 の話に戻るけど、賀茂一族の中から選ばれた人間が八咫烏という秘密結社を結成した。天皇の身に危険が及んだ場合、秘密裏に天皇を逃がすという重要な役目も担っていたんだ。江戸以降陰陽道が廃れてしまってから八咫烏の影響力は昔と比較して小さくなってしまったけれどね。それでも、実は今も天皇家や国家を影から守る役割を八咫烏が担っている。」
「天皇を逃がす…ですか」
秘密結社だとか、スパイ映画みたいな話になってきたな。
宗教と秘密結社の絡み…日本版「天使と悪魔」ってところか。
「さて、そろそろランチの時間だな。続きは食べながら話そう」
そう言って賀茂さんは坂を登り始めた。結構足元が悪いので、勾配が急なところは手を引いてエスコートくれる。
以前なら恥ずかしくて絶対そんなことお断りだったけど、今はまだ体調が戻って間もないし…それに俺ってもう死んだんだから恥ずかしいことなんて何もないしと開き直ってる。
昼食は庭園からすぐのホテルで食べる。
家からも近いのでここにはよく賀茂さんと来ていた。
エントランスに入ると吹き抜けになっていて、その直ぐ側にあるラウンジが気軽に入れて気に入っていた。
「いらっしゃいませ、お二人様ですね」
「ああ、個室は空いてるかな?」
「はい、すぐにご利用いただけます」
いつもは手前側の席に座るが、今日は奥の方にある個室に案内された。
「個室もあるんですね」
「ああ、君とは初めてだったか」
「はい」
「込み入った話になるからね」
そしてコースを注文すると、賀茂さんがなるべくまとめて料理を出してもらうようにと言い添える。
何度も部屋に出入りされると話が中断するもんね。
しばらくはさっきの話とは関係のない雑談をし、出てきた料理を食べた。
デザートとコーヒーが出てきたところで賀茂さんが話を切り出した。
「さっき家では驚かせてしまって悪かったけど、その話の続きをしてもいいかい?」
「あ、はい。お願いします」
俺はまたコーヒーを噴き出さないように気を引き締める。
「八咫烏が秘密結社だというのはさっき話したよね」
「はい」
「君はスパイ映画は好き?」
「大好き!007もミッションインポッシブルも。最近だとキングスマンとか…」
「マーベル作品は?」
「もちろん好きです」
俺がリハビリ生活を送っている間に見ていた映画は大体そんな系統だ。
スパイ、アクション、ミステリ。
「日本には対外情報機関が無いというのは知ってるかな」
「え、そうなの?」
「ああ、MI6やCIAのようなものが無いんだ。まあ、内閣官房の内閣情報調査室だったり各省庁で個別に情報収集はしているんだが、それを取りまとめる機関はまだ設置されていない。日本版MI6をつくるなんて話だけは出ているがね」
「そうなんだ…」
「それで、八咫烏がその日本の情報戦での弱い部分を補うという役割を担っている」
「はぁ…」
本当にスパイ映画の中の話になっちゃったよ。
「ブラック・ウィドウは好き?」
「え、はい。スカーレット・ヨハンソン美人ですよね」
「君にはああいうことをやってもらう」
「ぅええええええ?!」
「正確に言うとナターシャ・ロマノフかな」
どっちにしろ…ぇえええ……
開いた口が塞がらない。
「ハニートラップってやつだ。それで、重要人物から情報を引き出す」
そう言って賀茂さんは無駄のない動作でケーキを一口食べる。
「私の一族で経営している高級SM倶楽部があって、そこで君は女王様になる」
「そ、そ、そんな」
経営しちゃってるんだ!
この涼しい顔で!
「これはもう決定事項だ。申し訳ないけど断るという選択肢は無いと思ってくれ」
「な…なんでもするとは言いましたけど…」
「さあ、コーヒーが冷めるよ。それにこのいちじくのケーキも美味しいから食べなさい」
俺は混乱した頭を整理しようと無言でいちじくのケーキとコーヒーを腹に収めた。
砂でも食べてるかのようになんの味も感じなかった。
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