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第3話 銀木犀
幼児のときのことはあまり覚えていない。
ただ、女物の服を着せられていたから途中までは自分が女だと思っていたような気はする。
だからなのか、痣のせいなのかはわからないが、僕が惹かれる相手は常に男だった。
小学校に上がる頃には自分が男だとわかっていた。
名前が女性的で見た目も中性的なのも理解していた。
「病持ち」の人間には見た目が美しいという特徴がある。
まずその見た目が男を惹き付ける。
小学生であっても、同級生の男子からは異質な存在だと見なされがちだった。
名家の子息ということもあって、いじめに合うようなことはなかったが、仲良くもしてもらえなかった。
そんなわけで、僕は孤独な子ども時代を過ごした。
家でも、常に優先されるのは弟の咲真の方だった。
咲真の機嫌が良ければ一家は明るい雰囲気に包まれたし、咲真が泣けば家の者たちがこぞってご機嫌取りをした。
つまらないことだが、咲真の方がお菓子の量が多かったり、おもちゃも咲真がねだればすぐに買い与えられた。
でも僕が何か欲しがっても、聞き入れられることはほとんどなかった。
母ですら、父に遠慮して僕にあまり優しくしてくれることはなかった。
咲真は家族の愛も、将来の地位も、明るくて健やかな性格も全て手にしていた。対する僕は痣があるというだけで一族のお荷物、はみ出し者、厄介者として誰にも相手にされなかった。
ただし、僕の一族に取り入りたい一心で集まってくる大人の中には、長男である僕に胡麻をすっておこうという人間もいた。
そういう人間が、僕のためではなく自分の利益のために贈り物をしてくることはよくあった。
でも、そんな物はただ虚しいだけだった。
幼少期のことはあまり覚えていないと言ったが、一つだけ強く記憶に残っていることがある。
あれは4歳くらいの頃だろうか。
何があったのかは忘れたが、僕は庭の片隅でうずくまって泣いていた。
そこに、同年代の見知らぬ男の子が現れた。
おそらく親戚か、父の仕事関係の人間が連れてきた子どもだと思う。
その男の子は泣いている僕を見て、「大丈夫?」と心配そうに声を掛けてきた。
僕は友達もいなかったし、泣いていようが笑っていようが家の者は誰一人気にもとめないのが当然だったので、そんなふうに話しかけられてびっくりした。
目を見開いて男の子を見つめていると、その子はちょっと考えてから走り去った。
そのまま僕がそこにしゃがんでいると、しばらくして男の子が戻ってきた。
手に花を持っていて、それを僕に差し出した。
「これあげる」
「え…くれるの?」
「うん。だから泣かないで」
それだけ言って走り去っていった。
渡されたのは黄白色の銀木犀の枝だった。
僕に何かくれる大人は、決まって僕のことなんて何も考えてもいなかった。
ただ自分の都合で物を押し付けてくるだけだ。
だから、僕のために贈り物をしてくれたのはその男の子が初めてだった。
すぐに立ち去ってしまったので、お礼も言えなかったけど嬉しかった。
僕はその記憶だけ、幼少期の綺麗な思い出として大事に胸にしまってある。
銀木犀の花言葉が「初恋」だと知ったのは大人になってからだった。
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