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第4話 悪戯
中学校ではただ勉強だけして過ごしていた。
自分の見た目が特殊なのが嫌で、伊達メガネを掛けて前髪を伸ばし、顔を隠し始めたのもこの頃だ。
お陰で中学時代は比較的過ごしやすかった。
一緒にお弁当を食べる程度の友人もできた。
ただ、そういった友人も何かの拍子に僕の素顔を見てしまうとなんとなく疎遠になるのだった。
中学と高校はエスカレーター式だったので、同級生もほとんど代わり映えしなかった。
高校に入ってすぐのことだ。
母が亡くなった。
元々身体が弱くて床に伏せがちだったが、肺炎をこじらせて亡くなってしまった。
家族の中で唯一僕の理解者だった――とはいえ、父が怖くて僕に優しくすることすらできなかった――母が居なくなり、僕は自暴自棄になった。
伊達メガネに前髪を伸ばした姿は中学校のときと変わらずだった。
ただ、ちょっとした悪戯 を思いついたのだ。
真面目に勉強していてなんになる?
どうせ次期当主は弟で、僕なんていくら頭が良くなったって何の役にもたたない。
この学校はお坊ちゃんが多い。
それこそ、弟の咲真のように「優秀」で「品行方正」で「人の上に立つ」人間たちだ。
そんな生徒たちをちょっとからかってやろう、と僕は思った。
僕みたいに誰にも見向きもされず、疎まれるだけの人間にだって何かを楽しむ権利はあるはずだ。
ある暑い夏の日、校庭脇の手洗い場で上級生の男子が水を飲んでいた。
僕は思い立ってその生徒の横に立つと眼鏡を外し、顔を洗った。
そして顔に張り付いた前髪をかき上げながら
「タオル貸してもらえませんか?」
とその生徒の目を見上げて言った。
彼は僕の顔を見てハッと息を飲んだ。
僕は差し出されたタオルで顔を拭いて、ありがとうと笑顔で言ってタオルを返した。
数日後、その生徒とすれ違ったときに腕を掴まれた。
「君、ちょっといい?」
かかった、と僕は思った。
人けのない階段の踊り場に連れてこられた。
「あのさ、君この前手洗い場で会ったよね?」
「はい。タオルありがとうございました」
「その~…顔、ちょっと見せてくれない?」
「はい?」
僕は伊達メガネ越しに長身の彼を見つめて空とぼける。
彼が何を言いたいのかは本当はわかっていた。
「頼むよ。君の顔が見たいんだ」
この男はたしか製薬会社かなにかの社長の御曹司だ。
そんな男が、「顔が見たい」って下級生に頼み込んでいる姿は滑稽で笑える。
僕は笑いを噛み殺しながら言った。
「いいよ。でもお願い聞いてくれる?」
もうこんな相手に敬語を使うのすら馬鹿馬鹿しい。
「ああ、君の言うことなんでも聞くから」
全く、見掛け倒しのだめな男だ。
僕は眼鏡を外して前髪をかきあげ、彼の面前に顔を近づける。
「どう?これでいい?」
僕が上目遣いで言うと男がゴクリと生唾を飲んだ。
「ああ…っ。ああ、いいよ…すごく、綺麗だ…」
男の胸に手を置いて更に顔を寄せる。
唇が触れ合う寸前まで近づいて言う。
「じゃあ僕の言うこと聞いて…?」
「聞くよ……何……」
また男が喉を鳴らす。
「気持いいことして…」
そう言って目を閉じた。
男は震えるため息を一つついてから僕の唇にむしゃぶりついてきた。
「んっ、はぁ、っんん…」
湿った音を立ててキスしながら、脇腹をなぞられる。
男は勃起した股間を僕の身体に押し付けてきた。
「ああっそんなに慌てないで…」
「ご、ごめんっ」
またキスする。
あまりにも簡単に落ちたので拍子抜けしてしまった。
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