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第2話

 「えー、SORA君、何日もお休みしちゃうのぉ」  つけ過ぎた香水同様、甘えて囀る若い女の声に営業用の笑顔を完璧に貼り付けて、とあるホストクラブのナンバーワンであるSORAこと、仲二見昊(なかふたみそら)は太客のホステスの手を取る。ごめんね、と、こちらも甘えたように囁く声は本当に申し訳なさそうだが、優男の正体を知る実弟などは「はい、嘘」と看破するだろう。  どこか退廃的で身持ちが悪そうな(そら)は気まぐれな猫に似て、そのちょっとした我が儘さと裏腹に女性に尽くす態度で人気が高い。  誰かに尽くすタイプは犬系が多いものだが、昊の垂れ目がちな柔らかな瞳は気怠げで、その自堕落な色香が猫を連想させるのだ。 「猫をね、飼おうと思って。――里親のところまで見に行く予定なんだよね。お迎えできるか試さないと」 「えー。ツケマとマニキュア塗った盛り髪の猫じゃないのー?」 「付け睫毛もマニキュアも盛り髪もない猫だから安心して?」  過熟した果物のような甘ったるい声は、裏側にある本音を綺麗に覆い隠す。  だって相手は“男”の“Mネコ”だから――。  馴染みのあるSM倶楽部・名無し(ノーネーム)。  女装家であるオーナーから、(そら)に合いそうなMネコが居ると聞かされ、仕事を休んで三日間そのリビドーの鍵を開けた向こう側に居たわけだが、控え目に言って最高だった。  リビドーの鍵の相手はこれでもかというくらい昊の性癖を突くタイプで、プレイも相性が良くてこれ以上ない相手だったのだ。  なにしろ彼は最後までプレイを中断させるセーフティワードを使わなかった。  そのため、昊も興が乗ってしまい、かなりのハードプレイをしてしまったが。  SMの最低条件として、日常生活に支障を来さないというものがあるが、あれは確実にどこか支障が出てしまっただろう。  ホストクラブでもそうであるように、もともと相手にサービスする事も尽くす事も嫌いでは無いが、プレイ外で疲れてぐったりした彼に、客以上に甲斐甲斐しく世話をして尽くしたものだ。  染めたことがなさそうな黒髪や、襟につかない清潔感に溢れた髪型。むろんピアスもタトゥーもない、おそらく自分と違ってお堅い職業に就いていそうな彼は、ずっと優等生の人生を歩んで来たはずだ。  優等生の殻は生真面目そうで倫理観が強そうで、けれどその分厚い殻の内側にある果肉は甘く淫らで素直だった。  予想がつく。今後、彼以上の相手に巡り会える気がしない。  それくらいに互いの相性がぴったりだったのだ。  なのに昊は彼の名前を聞かなかった。    糊が効いたシャツの襟を固いと思わない、きちんと締めたネクタイを窮屈とは思わない、清潔そうに刈った髪は肩につく事を良しとしない――派手なシャツの前を寛げ、肩につく染毛とピアス姿で夜の歓楽街が似合う自分とは真逆の存在だ。  生活環境も仕事もこれまでの人生も何もかもが違うのだ。  リビドーの鍵が無ければ出会えなかったかもしれない。  堕落と快楽に満ちた日々が過ぎて三日前に開けた鍵を再び施錠し、その鍵を返してしまえば、二度と会うことは無い可能性も理解していた。  それでも昊が彼の名前を聞かなかったのは、名前を聞けば執着が生まれてしまいそうだったから。  自慢にならないが昊は執着心が強く、遊び人の風体に反して惚れてしまえば相手に一途だ。彼が名前を名乗り、自分が名前を言ってしまえば、そこから執着の糸が絡みついて彼を雁字搦めにしてしまうのは自分の性格上、分かりきっていた。    彼が自分に惚れているのなら話は別だが、ただ名前を知っただけの相手に対し、異様なまでの執着を見せてはいけないと、それくらいの分別は持ち合わせている。  どんなハードプレイも根底に有るのは合意。  合意がない相手を不幸にする趣味はない。  二人並んでリビドーの鍵を掛けた瞬間、ひどく寂しい気持ちになったが仕方ないだろう――。  それから昊は、なんとなく暫くはSM倶楽部名無し(ノーネーム)から足が遠のいてしまった。  迫力美人である女装家のオーナーは訳知り顔で赤い唇を吊り上げ、「相性が良すぎてそうなってしまう方も多いのよ。――だって最高の開放感を知ってしまえば、後はどんな美しい人でも強い人でも窮屈で味気なく感じるでしょう?」と言ったものだ。  なるほど、それはそうかも知れない。  溜息混じりに甦るのは、規範が服を着て歩いているような男が裸になって股座も穴も晒し、倫理観を語る舌で泣いて媚びて強請って、清潔そうな髪も顔も見出して汚れた肉便器になった姿。  似たような趣味のMネコなら幾らでも居るだろう。自己否定され虐められて喜ぶ人間は意外に多いものだ。    だが違う。  同じような言葉責めでもプレイでも、彼以外では何もかも足りないのだ。  相性が良すぎても幸福にはなれない、それを思い知った昊だった。   「……あー。インポになりそう」  まるで去勢された猫だ。  憂鬱そうに無駄な色気を垂れ流して嘆息する。  昊は彼以外の相手をする意欲が薄れたが、噂では彼は何回か名無し(ノーネーム)を訪れているらしい。どうやら彼の方は自分以外でも平気なようで、その事実に心は痛んで澱が奥底に溜まった気がする。  だいたい店からのマッチングで出会っただけの、それもたった三日間過ごしただけの仲なのに、妬心を抱くとは我ながら情けない。  だが曇天のような気分が続く鬱屈した昊に、まさに名前の昊のように晴れた空をもたらしたのは、両親の離婚で名字が変わった実弟、一ノ瀬晴(いちのせはる)の一言からだった。 「あれ? 兄貴、三枝先生と知り合い?」  まだ高校三年生の一ノ瀬晴は実弟だ。  両親の離婚で名字は変わってしまったが、月に何度かは会う“仲が良くて”“仲が悪い”、少し年の離れた弟だった。  仲が悪いのは所謂、同族嫌悪と言うヤツだ。兄弟揃ってサディストで男が好きで、そして惚れたらやたらと執着心が強くなる性質。  好みも似ているため、その辺りは弟ながら要警戒の相手でもある。  なによりも以前は子供だからと安心できた部分が、18歳ともなれば昊にとって下半身的な意味でも驚異となる年齢である。――この際、未成年という部分は昊のアドバンテージにならないのだ。  その晴が言う“三枝先生”とは?  晴が手にしていたのは、ポラロイドの試し撮り写真で、まだ服を着ている状態の“彼”。 「は? 三枝先生? ――って、彼のこと?」 「そうだけど……うちの学校の数学の先生」  ……あー……らしいわー……。  一瞬そう納得してから、弟の晴は金持ちや有名人の子息が多い有名な私立学校だと気づく。  なるほど。生真面目そうな彼は、教師だったのか。それも弟の私立校なら給料も名声も高いし、十分なエリートコースだ。 「ストイックで厳しくて……でも優しいから生徒教師問わず人気あるんだよね」 「待て、弟。おにーちゃんは情報過多でこんらんしている」 「意味が分からないよ。――でも三枝先生ってけっこうタイプだし素質有りそうだから狙ったのに、生徒には見向きもしなくてさー。禁断の生徒と教師の秘密の情事は無理みたい」  だろうな、と、思った。  いくら秘めた場所でもどうしても譲れない、あるいは嫌悪さえ及ぼす関係性は何かしらある。教師としての彼は生徒との一線だけは、どうしても越えられなかったのだろう。  ある意味、自分にとってはラッキーだったが。 「晴……、お前、俺の背中を思いっきり押したんだから、責任取れ」 「……は?」  会いたいと思った。  けれど会わないつもりだった。  自分の執着で彼を壊すつもりはない。  名前も知らず、居場所も分からず、そうして気持ちが風化するのを待つつもりだったのに。  名前も居場所も分かってしまったなら、自分は動くしかない。    ただし動くだけ。  もう一度だけ彼に会う。  偶然を装って、出会いを作って、そして彼に決断して貰う。  彼が、三枝という名のお堅い教師が仮に、そう仮に、だ。  規律に満ちた世界からほんの少し、たとえば夜の間だけでも背を向ける勇気があるのなら、その夜の海を漂うホストに熱を籠もった目で見たのなら――全力で囲って、逃がさない。  涼やかな目元が昊を見た瞬間に瞠目した。  強張った体と一瞬だけ止まった呼吸。彼は、三枝賢人(さえぐさけんと)教諭の驚きは当然だっただろう。  施錠した鍵の向こう側、別の世界で快楽に耽溺した相手が居たのだから。  ――昊は、ああ、と嘆息する。  可哀相に。  なんて可哀相に。  目の奥に潜む情念を隠す器用さも持ち合わせていないなんて。  弟の晴を利用して、まるで偶然を装った再会。  彼の瞳に恐怖だけ、あるいは焦燥だけ、もしくは困惑のみなら昊は身を引くつもりだったのだ。  仕事用の妙に凝ったデザインの名刺にペンを走らせる。   「もし生徒さんなにかあったら、きちんと証言しますのでこちらへ連絡して下さい」  けれど、それでも、昊は最後の一歩だけ踏みとどまった。此処が最後の橋頭堡とばかりに。  名刺の裏に走らせたのは、SM倶楽部・名無し(ノーネーム)の会員なら誰もが知るSM専用のホテルと、その部屋番号と、時間。  それを渡して微笑む。  優しく、優しく、いやらしく。  「先生がこんな場所に来てもいいのか?」  部屋に入るなり、鍵を掛けた――しっかりと。  背後から抱き締めるように腕を回し、一部の乱れも無かったスーツの上から胸の辺りを鷲掴む。肩に細い下顎を乗せれば甘すぎない爽やかな匂いがした。 「ねえ、三枝賢人先生?」 「……あ、ッ、……あぁ、ッ、ああぁあぁッ」  がくがくと四ヶ月ぶりに触れた賢人の体が痙攣した。膝が震え、昊が背後から抱えてやらなければ立っていることもままならない。  ふー、ふー、と呼気が乱し、震える膝と内腿で堪える賢人の耳朶を食みながら囁く。 「名前を呼ばれただけでイッた?」  まさかとは思った。だが耳を真っ赤にしながら小さく頷く姿に股間が熱くなる。熱く凶暴な怒張が尻に当たったのが分かるのか、賢人はまた呻き声を漏らして震えている。  なんて可愛い生き物だろう。  昊に抱き締められて、昊の匂いで、体温で、声で発情し、名前を呼ばれただけでイッてしまうのだから。 「……なぁ三枝先生……あんた、どうしたい? 俺とシたい?」  背後から回した手でスーツのボタンを外す。そのままYシャツ越しに下腹から胸を撫で上げれば、Yシャツの生地を押し上げてぷつりと乳頭が勃起していた。 「……ん、ッ、ん……ぅ……っ」 「ほら、返事」    答えなどこの熱く火照った肉体を見れば分かる。そもそもこのホテルに来た時点で、お互いに欲しい答えは分かっていたのだ。  Yシャツの上から両方の乳首を捻るように摘まむと、昊の股間に尻を擦りつけるようにして身悶えていた。 「……し、した……ッ、したい、です……ッ」 「へえ? どんなふうに? 俺は優しくも甘くも出来るけど……三枝先生はどんなふうになりたいの?」  摘まんだ乳首をYシャツの生地で扱き、耳たぶを噛んでは耳穴に舌を差し込む。  胸を弄る昊の手に自分の手を添えた賢人は、息を吸っては吐き出し、吐き出しては吸い込むことを何回か繰り返す。  昊の手の甲に賢人の切り揃えた爪が食い込んだ。 「……まえ、みたい、に……ッ、俺、を……あなた、の、……精液、便器……に、して……ください……ッ」  ――もちろん、その答えを昊は知っていた。  この四ヶ月、夢を見るようにその言葉が賢人の声で聞きたかった。  浅くソファに座った昊の足下に膝を揃え、両掌を床につけて賢人が正座している。  服を着た便器など聞いたことがないため、賢人が身に着けてるのは赤い首輪とそれにぶら下がった“精液便所使用中”のタグだ。  熱で蕩けていた賢人の顔だったが、今はそれに必至さが加わっているのは、丸く開いた賢人の口に昊の亀頭のみが押し込まれているせいだ。 「いいか、咥えさせてやるだけだ。それ以上咥えるのも舐めるのも吸うのも禁止だ。分かったな?」  昊の亀頭だけを咥えさせられ、正座した状態で賢人は涙を浮かべている。屈辱からではない。そこに自分を犯してくれるはずのモノがありながら、先端を咥えることしか許されないからだ。  舐めたい。しゃぶりたい。吸いたい。頬肉で扱きたい、喉肉で搾りたい。  その欲求が発情し切ったメス顔に浮かび、媚びるように昊を見上げてくるが昊はこれを無視し続けている。 「久しぶりのご主人様のチンポだ。ゆっくり味わえ」  返事の代わりに動いたのは、正座した股座から腹を打つほどに勃起した賢人の亀頭の揺れ具合。 「なんだ、尻尾の代わりにメスチンポを振ってご挨拶か? 感心だな。ほら、ご褒美だ」  爪先で揺らすように賢人の亀頭を蹴れば、堪らず賢人の口から昊のモノが外れてしまった。 「へえ? 口から外すとはどうやら俺のチンポは要らないようだな?」  ぐっと今度は賢人の陰茎を腹に押しつけるように踏んでやれば、前屈みになって賢人が蕩けた苦悶の表情を浮かべる。昊の膝に額を押しつけた賢人は、ビクビクと痙攣しつつ昊の爪先を先走りで汚し、発情期の獣のようにみっともなく喘いでいた。 「なんだ? この便器は故障したのか? 便器ごときの我慢汁で俺の足が汚れたんだが?」  物憂い表情で足を上げ、先走りで濡れた革靴の先を賢人の目前に差し出す。 「……も、申し訳、ありま……せ……」  言葉が途切れたのは、自分の先走りで濡れた革靴を見たから。その瞳は次の言葉を期待してるのが昊には分かった。  だから言ってやろう。望みを叶えてやろう。  賢人の為に。  「舐めろ」  欲情の唾液でぬるりと濡れた唇が開き、ひくつく舌が現れて昊の先走りで汚れた革靴を舐めり赤い舌が艶めかしい。  正座した賢人の呼吸は荒く、もじもじとすり寄せる内腿は切なげな動きで、その奥で待ち侘びている劣情が目に見えるようだ。 「靴を汚したのはお前だからな。きれいに舐め取れ」  自分の先走りで汚れた革靴を舐める行為は、普通なら屈辱的なはずだ。否が応でも自分の立場と序列を思い知らされるだろう。下に置かれて興奮する性質の賢人は目元に朱を掃き、見下される視線に涼やかだった瞳が淫靡に熱溶けていく。 「唇は靴につけるな。舌だけで舐め取れ」  昊に言われるがまま、賢人が丸く口を開けた。唇を靴に触れさせずに革靴を舐めるには、大きく舌を突き出して犬のように垂らすしかない。  そうやって大口で舌を垂らす姿は、発情期のメス犬よりも遥かに浅ましかった。    誰もこんな淫らな賢人が教鞭を取っているとは思わないだろう。  こんなにいやらしく淫乱な体をスーツで隠し、ネクタイで戒めて来たのか。  それを壊せるのは自分だけだという興奮と独占欲。 「……ん、ぁ、……は、……はぁ……」  淫らな教師は舌全体を使って賢人自身が零した先走りを舐めていたが、今度は唾液で濡れた革靴を不意に動かした。爪先を伸ばして舌を垂らしたままの賢人の下顎を掬い、発情顔を晒させるために上向かせてやる。ズボンのフロント開いた昊は、シルバーリングをいくつも嵌めたい指で自分の陰茎を扱いていた。明らかに賢人に見せつけながら、口角を吊り上げて笑った顔は獲物を前にした肉食動物そっくりだ。  なによりの興奮材料は、舌を垂らしたまま昊の股間に釘付けになっている愉快な賢人の姿だ。 「欲しいか?」  賢人の理性がぐずぐずに腐るくらいの優しい声で。 「欲しいか?」  賢人が昊以外、何も考えられないくらいに噛んで言い含めるように。 「欲しければココに来い」  指を向けたのは自分の太股。そこに足を拡げて座れと促せば、賢人の理性が焼き切れる音が聞こえた気がした。  「……ん、ひッ、ひッ、や、だ……ッッ、これ、や……これ、じゃ、なぁ……ッッ」  二人分の体重の負荷で軋むソファの音。それに混じるのは賢人の泣き声と、ずちゅ、ずちゅ、と、肉と肉を擦り合わせる粘った音だった。  ソファに深く腰掛け直した昊に跨った賢人は背面座位になり、大股開き状態で啜り泣いては身悶えている。 「ちゃんと欲しいものをくれてやっただろう?」  わずかに語尾を乱しながら、賢人の腰を掴んで昊が揺すり上げる。そのたびに切ない悲鳴と哀願が、魅惑的な音楽となって肉の摩擦音に混じっていくのだ。  賢人は知的だった顔を涙と涎で汚しきり、息も絶え絶えに切なくて啜り泣いている。  そんな賢人の下腹や太腿にマジックで書かれた文字があった。  腹には“肉便器先生、チンポ調教実習”、右太股の内股に書かれた“淫乱ハメ中毒教師”、左太股の内側はアナルの方に矢印を向けて“ケツ穴内申書査定中”の文字が、賢人の体の動きに合わせて卑猥に蠢いている。  しかも大股開きの背面座位が賢人によく見えるよう、彼の正面には大きな姿見が置いてあった。 「……ちが……ッ、ナカ、なか、に……欲しい……んんぅッ……の、に……ッ」  確かに昊と賢人の体は直に触れ合える状態だ。  だがそれは体の表面のみで、賢人が一番欲しいであろう疼く内側は、ずっと放置されたままだった。  いきり勃った昊の陰茎が賢人の尻の谷間や蟻の門渡り、重たげに揺れる陰嚢とびしょ濡れの裏筋を兜合わせのように擦るだけで、一向に深い場所へは与えてやってない。  首に提げた“精液便所使用中”の文字が、使用していないのだから、ここまで虚しく揺れることもそう無いだろう。 「チンポをくれてやるとは言ったが、どこにとは言わなかったはずだがな?」  ずちゅずちゅと互いの肉を擦る昊は、わざとアナルの皺が陰茎に引っ掛かるよう腰を揺すってやる。 「ひ、ぁッ……めくれ……めくれ、ちゃ……おしり、めくれ……んぁッ、ひぁっッ!」 「ほら、どうした? 大好きなチンポだろう? それとも大好きなチンポの場所はココじゃないのか?」  その言葉に賢人の体が強張って震える。  ぐずぐずになった思考の、辛うじて残った上澄みが昊の言葉を必至に理解しようとしているのだ。  だから甘く、甘く、教えてやろうじゃないか。  “あいうえお”を覚えさせる幼児みたいに優しく、優しく。 「ほら先生、人に教えるのはお上手だろう? ――どこに欲しい?」  答えなど一つしか無い。  大事なのは正解では無く、どれだけその正解に昊の気分を導く式を描けるか、だ。  は、は、は、と賢人の呼吸が忙しくなった。唾液を飲み込んで蠢く喉仏がたまらなく淫猥だ。 「ご、ご主人、さ、ま……の、おチンポ、用、便器、あ、穴……、です……ッッ! お、ねがい……入れて……ッ、お、おちん、ぽ……つかって……ッッ……ざーめん……コキ捨て、穴……使ってぇえぇぇっっ」  がくがくと狂ったように賢人が腰を揺らした。  あの怜悧なイメージを持つ教師が、みっともなく腰を前後に振り、前に教えた卑猥な言葉で昊を誘うのだ。  そのあられもない姿にトロトロになっているだらう奥を抉ってやりたい。ねっとりとした淫肉に包まれ、空っぽになるまで射精したかった。  が、駄目だ。  まだ、駄目だ。  自分は四ヶ月も待ったのだから、賢人だって待たなくては。 「嘘つけ。チンポなら誰のでもいい淫乱だろうが? あぁ? そこら中にケツを差し出してチンポ強請りしてるんだろうが!」 「ぢ、がい……ます……ごしゅじん。さま、の……お゛ぢん、ぼ……が、いい……ッッ!」 「そうか? 名無し(ノーネーム)でチンポ漁りしていたじゃねえか! チンボさえ恵んで貰えりゃいいんだろうが!」     ひくんと賢人の体が揺れた。  賢人が何度か名無し(ノーネーム)でプレイしたのは事実で――だからこそなのだろう。  賢人は半狂乱になって尻を振って弁明した。   「い、や゛……ッ、違う、ちが……ッッご、ごしゅじ、さま、が、いない、から……ごしゅじんさま、ほしかった、の……に……ッッ」 「この精液便所は俺専用じゃ無く、チンボ漁りで公衆便所にしたんだろうが!」  もみくちゃに揺らす尻を音が大きく響くように叩いてやる。涙と涎を噴いて賢人は絶叫した。 「ごめ、ん、なさ……ッッ……ゆる、して……ッッ、嫌わな、い、で……くださ……ッッ……す、き……すき、すきすきすき……なんで、す……ッッ」  いっそ悲痛とも言える叫びに嘘偽りはなく、恐ろしいほどの純度で昊の耳と脳と心臓を打つ。    なんてヤツだと思った。  昊が賢人を雁字搦めにして囲うつもりだったのに、昊の精神の貞操帯に鍵を掛けて、賢人は鍵穴を潰してしまった。  これではもう、彼以外を好きになれないじゃないか。 「……ッッ! ああ……許してやる……許してやる、から……俺専用の精液便所になれ! いいな!?」  だから、賢人も自分以外、好きになってはいけないのだ。  ホストの仕事あがりはいつも明け方近くだ。  客にはホステスなども多く、彼女たちの仕事上がりにホストクラブに訪れることも多いため、必然的にこの時間になってしまう。  払暁でようやく起き始めた街を歩いて自宅のマンションに辿り着く。  人が起き出す朝に悠々と眠るのが水商売の醍醐味というものだろう。  惜しむらくは昼間が活動時間である賢人とは、毎日のように会うことが出来ないことか。  だがシャワーを浴びてダブルベッドに一人きりで寝転んだ昊は、タブレットを手にパスワードを入力して動画ボイスチャットに入室する。  ぱっと画面に映るのは、個人宅のトイレ風景だ。  しばらくその場面を見ながらミネラルウォーターを口に含んでいると、タブレットの向こう側に影が過ぎった。 「おはよう」 『お早うございます――昊様』  現れたのは“精液肉便器・賢人”のタグを赤い首輪からぶら下げた、半裸状態の賢人だった。  昊が眠るまでの一時間、賢人が起きてからの一時間、こうやって週に何回かはタブレットやスマホ越しに他愛のない話をしたり、時に画像付きのテレセックスに興じたりと、短い時間を有効に使っている。  少し雑談してから、にんまりと嗤って昊はとびきりの笑顔を向けてやった。   「いいこと教えてあげる。賢人の休みに合わせて俺も休み入れたんだけど……明日の朝から会おうか?」 「――!! は、はいっ!」  ぱっと明るくなる笑顔。けれどその笑顔に向けた昊の言葉は意地の悪いものだった。 「チンポが欲しくて毎日毎晩疼きっぱなしの肉便器・賢人、たっぷり可愛がってやるよ。逆流するくらいザーメン飲ませてザーメン漬けにしてやるからな? ……ああ、そうだ。鏡を跨いで注いだザーメンを噴かせるのも面白いな。お堅い先生が立ったままケツを振ってザーメン垂れ流すところ、ちゃんと動画撮ってやるからな?」 「……う、ぁ……」  タブレットの向こうに映る賢人の顔が、想像だけで蕩けていく。呼吸を荒げ自分の股間に手を伸ばしたときだった。 「ああ、そうそう。明日会うまでオナニー禁止だから。破ったら二度と会わないからな? ちゃんとお利口にして守れよ?」 「そん、な……」  昊の言葉と想像だけで昂ぶったはずの熱は、そのままオナニーで吐き出す事もできず、会うまでずっとジクジクと淫らな熱を籠もらせればいい。  その淫乱で被虐を喜ぶ肉体に重い熱を孕ませたまま、昊と出会った瞬間にイってしまうほど耐えて堪えて疼いていればいいのだ。  我慢して我慢して我慢しきれず、昊が与える快楽しか考えられなくなって、最後は昊に縋って泣いて依存するように。 「ほら三枝先生? ちゃんとネクタイ締めて授業に出なよ? くれぐれも、自分の淫乱ぶりが生徒にバレないようにするんだな?」  今から必至に作るであろう規律ある姿をぐちゃぐちゃに壊せるのは、もう昊だけの特権なのだから。 終 ※なお、昊の弟である晴の恋人は、年上エリートサラリーマンです

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