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ご近所さん1

 一之宮飛燕(いちのみや ひえん)が夕飯の買い物を済ませて帰宅した時だった。道場の門前で恋人の鐘崎僚一(かねさき りょういち)が誰かと話し込んでいるのに気が付いて、不思議顔で首を傾げた。見れば、相手はお隣に住む神山(かみやま)という老人のようである。 「僚一とカンさん……?」  しかも、やけに親しげだ。  僚一とは十数年の遠距離恋愛を経て、つい先日、晴れて一緒に暮らせることになったばかりである。香港での生活が長かった僚一がご近所さんと立ち話など、何だかひどく不思議な光景に思えて、声を掛けるのを忘れてしまったくらいだった。 「おや、ご師範。今、お帰りかね?」  老人の方が先にこちらに気付いたようで、にこやかにそう言った。 「飛燕、ご苦労だったな」  すぐに僚一も買い物袋を持ってくれようと、手を差し出しながら出迎える。 「じゃあカンさん、またな」 「ああ、僚さん、それにご師範も――おやすみなさい」  手を振りながら自宅へと入って行くカンさんを見送る。まるで古くからの知り合いのように言葉を交わす彼らを見つめながら、飛燕はほとほと感心したように目を丸くしてしまったのだった。 ◇    ◇    ◇

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