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ご近所さん2
「今日の晩飯は何だ?」
キッチンのテーブルで袋の中身を物色しながら僚一が呑気な声を出す。
「あ、ああ……今夜はハンバーグにしようと思うんだが……」
「そりゃ、いいわ。ボウズ共の好物だしな。俺も支度を手伝うぜ!」
軽快な調子でウィンクまで飛ばす僚一を、ポカンと口を開けたまま見つめてしまった。しばしそのまま、ボケーッと突っ立っていたというわけか、僚一が不思議そうにしながら顔を覗き込んできた。
「どうした?」
「え……!? あ、ああ……いや、何でもねえ。ただ、お前がお隣さんと話し込んでるなんてよ、ちょっと驚きだったっつーか……。まだ日本に来て数日なのに、随分とまた親しくなったもんだなって感心しちまって」
素直に打ち明けると、僚一は「ああ、そんなことか」と言って朗らかに笑ってみせた。
「実はな、カンさんとは前々からの知り合いなんだよ」
「――! そうなのか?」
だが、いったいどういう繋がりがあったというのだろう。カンさんこと神山老人は、十数年前に隣に引っ越して来た男やもめだ。人の好い物静かな性質だが、昔懐かしいと言っては、たまに飛燕の開いている道場を見学に訪れたりしてくれている付き合いだ。カンさん自身も若かりし頃は武術を嗜んでいたらしい。
「確か――お前と初めて会った頃……っていうか、お前の怪我が完治して香港に帰ったすぐ後だったかな、カンさんが引っ越して来られたのは――」
そうなのだ。僚一と飛燕が出会ったのは、僚一の怪我がきっかけだったわけだが、治癒するまでの約三ヶ月をこの道場で一緒に暮らした。その間に運命的な恋に落ち、人生を共にしたいとまで思ったのだが、それぞれの事情で断念せざるを得なかった。香港に帰ってしまう僚一を見送った日の別れ難い苦しい想いは、今でもはっきりと飛燕の脳裏に焼き付いていたから、当時のことはよくよく覚えているのだった。カンさんが空き家だった隣の家に引っ越して来たのは、まさにその直後のことだった。少なからず傷心の思いでいた飛燕にとって、穏やかな隣人との触れ合いがどれほど癒しになったことだろう。そういった意味でもカンさんの存在はとても大きかったのだ。
「けど――どんな知り合いだったんだ?」
あれから十数年、カンさんからは僚一と知り合いだというような話を聞いたこともないし、もはや不思議を通り越して謎なくらいだ。そんな思いが表情に出ていたというのだろうか、僚一が可笑しそうにクスッと笑いながら言った。
「実はな、飛燕――。カンさんはお前の護衛がてら、俺が頼んでこの家の隣に越して来てもらった御仁なんだ」
飛燕はめっぽう驚かされてしまった。
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