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ご近所さん3
「カンさんだけじゃねんだぜ? カンさんとは反対方向の二軒隣――」
「ああ、立原 さんのことか?」
「そう、その立原君」
彼は独身で、年齢は飛燕たちより少し下といったところだろうか。確か、在宅で個人事業を立ち上げているとかいう男性だ。朝のゴミ出しや回覧板等、町内会の付き合いで顔見知り程度だが、会えば穏やかな笑顔を見せてくれる感じのいい好青年である。
「それに斜向かいの老夫婦――」
「斜向かい……っていうと、高杉 さんか?」
「そうだ。立原君も高杉夫妻もカンさん同様、俺の知り合い――」
「はぁッ!? それって……いったい……」
もはや頭がこんがらがりそうだ。大きな瞳を更に大きく見開いたまま唖然とする飛燕を横目に、僚一は若干バツの悪そうに苦笑いをしてみせた。
「黙っていて悪かったが――お前を一人残して香港に帰らなきゃならねえのがどうしても心配でな。彼らは皆、俺の同業者なんだ」
「同業者って……」
つまりは裏社会に身を置く面々だったということか。
「カンさんと――それに高杉のじいさんとばあさんは、あの頃ちょうど現役を引退したばかりでな。俺が事情を話したら、ここに住むことを快く引き受けてくれたんだ。立原も――何処に住んでも仕事に支障はねえってんで、好意に甘えることにした。彼は若いし、腕も達つ。万が一、何かあった時には頼りになると思ってな」
つまり、僚一は十数年前に飛燕と離れて香港に帰った後、自らに代わって飛燕と幼子の紫月、そしてこの道場を密かに見守る為に彼らを近所に住まわせたということらしい。
飛燕は心底驚いた。
「本当なら俺がお前の側に居たかったが、あの時はそれが叶わなかった。だが、俺を助けて怪我の手当てをしてくれたお前を、当時の敵対組織が突き止めないとも限らない。お前に何かあっても、すぐには駆け付けてやれない。だから彼らに代わりを頼んだんだ。俺に代わってお前と紫月を見守って欲しいと。ずっと黙っていてすまなかったが――」
苦肉の策ではあるが、今更ながらに離れて暮らさざるを得なかったことを悔いるように頭を下げた僚一に、飛燕は思わず涙腺が緩んでしまうのを抑えられなかった。無意識の内にポロポロと止めどなく涙がこぼれ落ちる。
「……っと、すまねえ。何つーか、感動しちまって……っつーか……。お前がそんなにまで……俺らのこと」
衣服の袖でワシャっと涙を拭いながら、泣いてしまったことが恥ずかしいのか照れ臭そうにする飛燕を見つめ、僚一は大きな掌でその髪をやさしく撫でた。
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