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第9話

 僕のヒートが終わってから二週間後、母の三日間の出張が決まった。 「電車と飛行機で三時間かかるから、簡単に帰ってこれないのよ」  食卓を囲みながら、母が言う。茶碗の中のごはんをつつきながら僕は「そう」と生返事をする。母は昔から年に二、三回は出張に行く。別に今にはじまったことではないので、驚かない。今回も僕は留守番だろう。そう思って聞いていた。 「だから、遥は誰のところに預けられたい?」  は? 「は?」  どういうことだ。僕は今さら誰かの世話にならなくても、二、三日くらいどうにかできる。 「『は?』じゃないわよ。あなた、オメガなんだから、何かあったらどうするの」  母に言われて気付いた。ヒートがきてしまった僕は、もう普通の人とは違うのだ。「オメガなんだから」と言われ続けなければいけない。オメガ性はそれだけ立場が弱い。もし一瞬でも気を抜けば、場合によっては見ず知らずの変質者アルファに孕まされる可能性もあるのだ。 「ああ……」  僕は気の抜けた返事をした。僕はそんなに弱くなってしまったのか。 「昔お世話になった、叔母さんのところでいい?」  母の叔母のことだ。ベータ性の、気のいい人だったと覚えている。僕はまた叔母さんの世話になるのだろうか。叔母さんもオメガが来たら不快に思わないだろうか。なんせまだ僕はヒートが安定していない。  それくらいなら。というか、こういうときこそ。 「湊先生のとこに行く」  僕は宣言した。今度は母が目を丸くして、「はあっ?」と言う番だった。 「湊先生はアルファなのよっ? 何かあったらどうするの?」  母がテーブルに箸を叩きつける。僕は母の言い方に不機嫌になる。 「『何か』って何?」  僕は湊先生となら番になったっていい。だから母が危惧する「何か」は起きない。それ以前に僕も母も湊先生を信頼している。先生の経歴に傷が付くような何かが起きることを、思ってもいない。 「え……っと、」  母が言い淀む。まさか実の息子の前で、「あなたが強姦される可能性がある」とは言えないだろう。 「僕、湊先生なら番になってもいいよ」  だから僕の方から決定打を打った。途端に母の顔にさっと朱が走る。 「遥……っ」  僕はそんなに非常識なことを言っただろうか。けれどそのあと母から一時間は怒られた。ごはんはすっかり冷めてしまった。 「番になりたい」などとはそんなに軽率に言ってはいけないらしい。勿論僕は本気なのだけれど、周囲の大人は誰一人とりあってくれなかった。  けれど後日、頼みの叔母さんからは断られてしまった。都合が悪いと言っていたけれど、遠回しにオメガの子供の責任はとれない、ということだろう。  そして結局湊先生に白羽の矢が立った。二週間前にヒートが終わったのなら、いくら不規則でもまたヒートが来る可能性は低いだろう、ということだった。  

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