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第10話
母の出張の都合のため、僕は前日から湊先生に預けられることになった。よって四日間は湊先生の家にお邪魔する。何かあっては対応ができないとのことで学校は休み、四日分の着替えと課題をトランクに詰めた。
「ちゃんと首輪はした?」
「薬は飲んだ?」
母は何度となく尋ねてくる。うんざりしながら「してるよ」「飲んだ」と答える。
僕は湊先生の家に行ったことがないので、時間になったら湊先生が迎えに来てくれるらしい。診察のあとだから、夕方になるよ、と言われている。はじめて湊先生の家に行けるとあって、僕の機嫌はいい。しかし足をぱたぱたと揺らしながら椅子に座っている姿は、母の不安を煽るらしい。何か言いたそうに、何度も口を開いては、思い留まって閉じている。
時たま思い出したように「気を付けるのよ」だとか「湊先生に迷惑のないようにね」だとか言われた。それには「うん」と返事している。
そうして待つこと三十分以上、家のインターフォンが鳴った。今日は母がいるので、母がインターフォンの対応をする。一分程で湊先生の声で「お邪魔します」と言うのが聞こえた。ようやく僕はリビングから立ち上がって、玄関の方へ顔を出せた。
「先生、こんばんは」
いつもより少し疲れた顔の湊先生がメタルフレームの眼鏡を押し上げて、「遥くん、こんばんは」と返してくれる。相変わらず穏やかな表情だ。
玄関先で湊先生と母は何やら話し合っていた。何度も聞こえたのは、「くれぐれも、間違いのないように、お願いします」と言う母と、「勿論です」と応じる湊先生の応酬だった。他にも「お世話になります」だとかも言っていたと思う。連絡先の確認もしていた。
それらが済むと、ようやく「遥くん、行こう」と呼ばれた。僕は主に課題で重たいトランクを引きずって、玄関に向かう。
「遥をよろしくお願いします」
母が頭を下げた。
「お預かりします」と湊先生も頭を下げる。それから僕の荷物を見て、「持つよ」と言ってくれた。
湊先生の車の助手席にまた座らせてもらい、湊先生のマンションを目指す。
「先生の家、はじめてです」
「そうだね」
「楽しみ」
「そんなに面白くないよ」
先生が苦笑する。十分間の車中は穏やかだった。
吃驚したのは、湊先生のマンションに着いてからだ。オートロックに吹き抜けのエントランスは広々としていて、エレベーターホールで乗ったエレベーターは十八階を目指した。特殊な加工のされた鍵で開けた部屋も広い。アイランドキッチンは清潔で、どちらかというと使っていないように見えた。リビングにはソファーセットが一組あって、それでもまだまだ余裕があった。
「遥くんは基本的に客間を使ってね」と湊先生に言われて、僕は露骨に「えええ」と不満を口にした。
「あのね、僕もアルファなの。何かあってからじゃ、遅いんだからね」
聞き分けのない子供を諭すように言われた。
「『何か』ってなんですか。僕は先生と番になりたい」
かたい革の首輪に遥の手をかけると、湊先生の手がそれを止めた。
「次、その首輪を外そうとしたら、もう二度と君の主治医はしない」
冷たい声だった。湊先生は多分本気で僕が首輪を外すのを嫌がっている。そこまで言われて強行する程僕もばかではないので、「はい」と大人しく引き下がった。
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