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第11話
案内された客間は充分な広さだった。ベッド、机は勿論、クローゼットまであった。持ってきた洋服やタブレットや本などをてきぱきと詰めていく。
途中扉がノックされ、湊先生が顔を出した。
「遥くん、夕ごはん、何がいい?」
ケータリングだけど、と苦笑いされた。
「えー、と、カルボナーラ?」
特別食べたかったわけではないけれど、何となく思い付いたものを言ってみた。母から「何でもいい」はだめだと普段から言われていた所為もあると思う。湊先生は笑って、「うん」と部屋から出て行った。
二十分後「遥くん、ごはんだよ」と呼ばれて行くと、ダイニングの二人がけのテーブルに、サラダとブルスケッタ、カルボナーラとペスカトーレ、ティラミス、ワインとカフェラテが並んでいた。量の多さに目眩がしそうになる。
そんな僕を見た湊先生は「あは」と笑った。
「食べられるところまででいいから」
そう言われて、テーブルに案内される。まだ温かなパスタを前に、ふたりそろって「いただきます」をする。
「先生はいつもこんなごはんなんですか?」
パスタにフォークを突き立てて、尋ねる。湊先生はそれに笑って、「僕ひとりのときは、もっと簡単だよ」と答えた。
「今日は遥くんがいるから、奮発しちゃった、かな」
照れたように言う湊先生は柔和な表情がさらに柔らかくなって、可愛かった。僕も頬が緩む。気が緩んだ、そのときクリームソースが頬に飛んだ。
「あ」
僕がティッシュを貰おうとした矢先に、湊先生の手が伸びてきた。長い指で頬を拭われる。そのままソースの着いた指先を口元に持ってこられて、「舐める?」なんて訊かれる。
僕はその言葉にどぎまぎしてしまった。「え、あ、」舐めたいか舐めたくないかと訊かれたら、舐めたい。湊先生の指を舐めてみたい。でもそれってマナー的にはどうなの、と理性がストップをかけてくる。
目を白黒させている僕を見て、湊先生は「あは」ともう一度笑った。
「冗談だよ」
そう言って、指先はあっさりと僕の口元から離れて、湊先生の口の中に収まった。
あ、それは、僕の頬を撫でた指じゃないのか。
そう思うと頬が熱くなる。一方の先生はにやりと口角を上げて、きれいにソースを舐めとった指を口元にあてる。
「お行儀が悪いから、これは内緒、ね」
こくこくと僕が頷くと、「はい、これでこの話はお終い」とでも言うように、湊先生は夕食を再開した。僕の方はパスタもサラダもブルスケッタも美味しかったけれど、味を思い出せずにいる。ティラミスはさすがに食べきれなかったので、明日の朝ごはんにしてもらった。
「ごちそうさまです」
「はい、ごちそうさま」
両手を合わせて食事は終わった。
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