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第12話

 僕のヒートはその日の夜にきた。抑制剤は飲んでいた。 「なんで」  知らない柔軟剤のにおいのするシーツに顔をうずめて、僕は熱っぽくなっていくからだを抱えて眠った。  眠りは浅く、悪夢ばかり見た。知らない誰かにからだ中をまさぐられる夢だ。素肌を這う手のひらの感触が気持ち悪い。それなのに逃れられず、腕や肩を掴まれて、捕らえられる。肉の薄い脚に腕がかかる。「いやだいやだいやだ」夢の中で、思うように動かない重たいからだを必死で動かす。脚を開かされる。 「やだっ」  僕自身の悲鳴で目が覚めた。Tシャツは汗でべとべとで肌に貼りついていた。それでもまだからだは熱っぽく、怠い。まだあの悪夢が頭にこびりついていて、呼吸は荒く、手は震えていた。  震える手で、僕は自分の首にかたい革製の首輪がついていることを確認する。指先が肌に馴染んだ革に触れた。はあ、と安堵の溜め息が漏れた。徐々に手の震えも収まってくる。  無性に湊先生に会いたかった。大丈夫だよ、全部夢だよ、と背中を撫でて欲しかった。  深く考えずに、客間の扉を開ける。 「せんせ? みなとせんせい?」  白いバスルーム、タイル張りのキッチン、居心地のよさそうなリビング、と湊先生を探し回る。ソファーから湊先生のにおいがして、僕はそこに吸い寄せられるようにして、顔をうずめた。からだは重たいし、もう動きたくなかった。 「みなとせんせい」  怠い。熱い。苦しい。助けて欲しい。  僕にはわからないけれど、アルファの湊先生には僕のフェロモンがわかるのだろうか。ぱたぱたと足音が近付いてきて、「遥くん?」と声をかけられた。怠くて目を開けるのも億劫だったけれど、声だけで湊先生だとわかる。 「せんせえ、苦しいの」  熱っぽさで涙の浮いた瞳で、先生を見上げる。湊先生は屈んで、それでも僕からは一定の距離をとって、「抑制剤は?」と尋ねた。 「昨日飲みました。効くときと、あんまり効かないときがあるみたいで」  飲んだのに昨日の夜からヒートがきちゃいました、と何とか笑顔を作って僕は伝える。「すみません」  それに「遥くんは悪くないよ」と応じてくれた湊先生は、「部屋に戻れる?」と訊いてきた。ふるふると首を横に振る。もう頭の中は湊先生に抱き上げられたい気持ちでいっぱいだ。 「せんせい、抱っこして」  両腕を先生に差し出す。湊先生はしばらく逡巡したのち、腹を決めたらしい。僕の小さなからだを抱き上げて、客間まで運んでくれる。僕は湊先生の胸に顔をうずめて、湊先生のにおいを鼻いっぱいに吸い込む。 「つらいけれど、寝ていて。できるね?」  そう言って僕の頭を撫でてくれる。嬉しい。でもそれは僕にとって逆効果だ。優しくされればされる程、下半身に熱が溜まる。 「せんせい、キスして」  せめてそれくらいして欲しかったのに、憐れむような表情で「我慢して」と言われてしまった。  

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