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第14話
空になったティラミスの容器をごみ箱に捨てた。相変わらず僕のからだは熱を持ち、ふらふらと足元はおぼつかない。
「みなと、せんせ」
譫言のように僕はがらんとしたキッチンで湊先生を呼ぶ。冷静に考えれば、先生はさっき仕事に行ってしまったのだけれど、会いたくて仕方がない。次に会えるのは夕方仕事帰りだし、きっと僕がヒートの最中だからろくに会ってくれない。
「せんせい……」
湊先生のいない家は広かった。そして寂しい。無性に僕は湊先生を求めていた。僕は部屋に戻らなきゃいけないはずなのに、この広い家で湊先生の気配を探していた。ふらふらと家の中を彷徨う。行き着く先は湊先生の部屋だった。
鍵はかかっていなかった。ノブを回すと、するりと回転して扉が開く。本来なら入っちゃいけないのに、と思うと罪悪感でどきどきした。
「せんせいのへや……」
勝手に入ったら怒られるだろうか。でもこの中には湊の気配のするものがあるのだと思うと、寂しさが勝った。扉を開けてできた隙間に、未熟なからだをするりと押し込んでしまう。
湊先生の部屋は雑然としていた。机の上からは積まれた仕事の資料が崩れて、床にも山を作っている。背の高い本棚にも難しそうな本がぎっしりと詰まっている。ベッドは寝起きのままなのか乱れていて、クローゼットは中途半端に開いている。
ベッドから強く湊先生の気配がして、すごく惹かれる。でもベッドに潜ったら怒られるだろう。もしかしたらもう主治医をしてくれないかもしれない。僕はクローゼットにのろのろと向かった。
「せんせいのにおいがする」
ハンガーにかかっていたよく見るジャケットを手にとる。胸がぎゅっとなった。はじめて足りなかったものが満たされた気分だ。皺が寄ることなんて思いつきもせず、遥はジャケットを抱きしめた。
「はふ」
それ以外のジャケットも、ワイシャツも、先生の服なら何でも、手の届く限り集めて、その中心に埋もれてしまう。大好きな、安心するにおいだ。嗅いでいると安心するのと同時に、からだが熱くなった。熱は下半身に集まるばかりで、逃げる気配がない。
「だめ、せんせいに嫌われちゃうから」
太もも同士をもじもじと擦り合わせて、何とか気を紛らわせようとしていた。紛れるわけがなかった。下半身がじんじんと熱を持ってくるし、下着はべたついてくる。
「うう……」
じりじりとした時間が遅々として進んでいく。
昼に一度湊先生が戻ってきたときには、僕は先生の部屋のクローゼットの中で眠っていたらしい。
「これはまた、盛大に巣作りしてくれたようで」
湊先生の言葉で僕は目が覚めた。ばさり、と抱えていた先生の洋服ごとからだを起こす。
「先生、これは、」
絶対に怒られる。蚊の鳴くような声で「ごめんなさい」を伝える。
「うん、仕方ないよ。遥くんはオメガだから。ちょっとここにいてね」
明らかに作った笑顔で、湊先生はそう言うと、部屋に僕を残して、出て行った。嫌われた、と思った。
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