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第15話
「──」
遠くで湊先生の話し声が聞こえる。誰と喋っているのだろうか。
薄暗い室内で聞き耳を立てようと僕は寝返りを打つと、まだからだは熱っぽく、怠かった。からだの下で湊先生の服がくしゃ、とよれる感触がして、僕は今湊のクローゼットの中にいることを再確認した。
先生は怒っているだろう。なんていったって、不在の間に勝手に部屋に入り、その上部屋を散らかした。そうしたらここでの生活なんてできない。そもそもがアルファ性の先生だ。オメガ性の僕が誑かしただとか変な噂が立つのも嫌だろうし、ベータ性の誰か親戚かそのあたりの人のところへ僕を預ける算段を立てているのかもしれない。
「せんせぇ」
これ以上迷惑はかけないから、一緒にいて欲しい。そう思うのだけれど、周囲の湊先生の服のにおいを嗅ぐと、頭がくらくらして、下着の中に熱が溜まる。
「ふ」
もじもじと脚を動かす。下着はもうべたべたと汚れているような気がする。嫌な感触があった。それでも湊先生が触ってくれたらどんなにいいか、という妄想が止まらない。
あんなにこれ以上は迷惑をかけない、と思っていたのに、今はもう先生に触って欲しくて仕方がない。「せんせぇ」と熱っぽく湊先生を呼ぶ。キスして、触って、好きと言って欲しい。
「はあ」
熱っぽい溜息を吐いたとき、部屋の扉が開いた。立っていたのは湊先生だった。
「遥くん、大丈夫?」
僕が会いたくて仕方のなかった湊先生が目の前にいる。からだは相変わらず熱っぽさがあるけれど、湊先生がいるだけでふくふくと多幸感が溢れてくる。
「せんせ、ぎゅってして」
拒まれることは自明のことなのに、求めることをやめられない。僕は両腕を湊先生に差し出した。
湊先生の方はばつの悪い表情をして、室内に入ってくる。ゆっくりと僕に近付いてくる。そしてぐちゃぐちゃに散らかしたクローゼットを見て、溜め息をひとつ吐いた。
「遥くん、随分と大きく巣作りしたね」
呆れているのだろうか。
「あ、ごめんなさい」
僕が項垂れて再び謝ると、先生は今度は穏やかな表情で僕の頭を撫でてくれた。優しく撫でられただけなのに、からだがさらに熱を持つ。
「怒ってないよ」
そう言って、先生は僕の華奢なからだを抱え上げる。こんなこと望んでいても叶わないと思っていたから、僕は「え、え」と戸惑う。そんな僕をあやすように、湊先生は揺すってくれる。
「さっき君のお母さんに連絡したよ。君の現状を伝えた」
やっぱり他の親戚の家に預けられるのだろうか。僕はもうおかしくなりそうな程湊先生が好きなのに、離れ離れはつら過ぎる。
話はまだ続く。湊先生の口元がちょっと困ったふうになる。
「僕の方の事情も伝えた。上手くコントロールのできていないオメガのフェロモンにあてられ続けるのも、理性が保たない、って」
いつの間にか僕は湊先生のベッドに寝かされていた。湊先生が僕の細い首すじに顔をうずめる。すん、と鼻を鳴らした。「やっぱりフェロモンが出ているね」
「せんせ?」
間近に先生のからだがあって、僕はどきどきする。もうどこにも行かないように、おずおずと手を伸ばして、その袖にしがみついた。
「あと、明日の休みをとった」
それはどういう意味だろう。
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