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第19話

 白いバスタブに、湊先生と一緒に湯舟に浸かる。湊先生は僕に、後ろから腕を回している。僕は湊先生に包まれて至福だった。先生の方は、すん、すん、とたまにうなじ辺りのにおいを嗅いでいた。 「せんせ?」  まだフェロモンが出ているのだろうか。 「遥くんは甘いにおい」  湊先生が柔らかな口調で言う。そうなのだろうかと、湯舟から僕は腕を上げて嗅いでみる。すん、と鼻を鳴らすけれどよくわからない。 「もう随分薄くなったから、わからないよ」  僕の行動に、湊先生は笑った。それから僕の首すじに顔をうずめて、革製の首輪の隙間に、ちゅ、とリップ音を立てた。  先生はやっぱり噛みたいのだろうか。ちょっと疑問に思う。 「湊先生は僕のうなじ、噛みたいですか?」  名残惜しそうに鼻先を擦りつけている湊先生に、尋ねる。それに先生は苦笑する。 「そうだね。これは本能に近いから。だから遥くんは首輪をしていてね」  そう言うと、湊先生は長い指で、僕の首と首輪の境目をぐるりとなぞった。くすぐったくて、少しぞくぞくした。 「僕は先生となら番になりたい」  僕は小さく揺れる湯面を見つめながら呟く。他の誰でもなく、湊先生のためにヒートを起こしたい。  僕の言葉に、背後の湊先生は苦笑したようだ。 「遥くんも頑固だね」  濡れた大きな手のひらで頭を撫でられる。濡れた髪の毛を耳にかけてもらった。 「僕は湊先生が好きなんですぅ」  首を後屈させて、背後の湊先生を見上げる。メタルフレームの眼鏡をかけていない湊先生の顔は、珍しい。柔和な目は、眼鏡をかけているときよりもはっきりとした印象を与える。  柔らかな表情で僕を見るのに、湊先生は「そう、ありがとう」とまるで信じていない様子だ。また髪を梳かれる。今度は額に貼りついた前髪を横に流された。  露わになった額に、湊先生の唇が触れる。 「遥くんはまだ子供だよ。これからできる本当に好きな人のために、番はとっておきなさい」  湊先生の言葉に、僕は露骨に不機嫌になった。ぷくぅと頬を膨らませる。先生は膨れた頬をつついて、笑った。 「僕が遥くんとお付き合いしても、番にはならないよ」  驚いて、湊先生につつかれていた頬から空気が抜ける。「ぷは」 「なんでっ?」  オメガ性のうなじを噛むのは、アルファ性の本能なのではないのか。僕だってヒートがあんなにつらかったのに、先生は一度も噛みたくなかったのだろうか。 「僕は遥くんに自由に恋愛して欲しいんだよ」  また革製の首輪の縁を、湊先生の指先がなぞる。そんなことを言って、目茶苦茶気になっているんじゃないだろうか。機会があれば噛みたいんじゃないだろうか。 「僕のため?」 「そう」  それなら、いっそひと思いに噛んでくれればいいのに。

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