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第20話

 ヒートも三日目になると、抑制剤の効果が出てくるようだ。僕は理性もなにもなく無闇矢鱈に火照って求めるからだから、少し落ち着いた状態になった。どちらかというと湊先生の方が大変だと思う。  僕は始終湊先生のそばにいた。すん、と湊先生の袖に鼻をくっつけて、湊先生のにおいを嗅ぐ。首に腕を絡めて抱きつく。そうすることで僕は満たされた。寂しい気持ちもほとんどない。  ただ湊先生によると、僕はまだ僅かにフェロモンが出ている状態らしい。そんな状態のオメガ性の僕がひっきりなしにくっついてくるので、まったく落ち着かない様子だった。僕の革製の首輪を縁を何度も指でなぞったり、首すじに鼻先をうずめたりしている。  今も湊先生は僕の革製の首輪を気にしていた。 「遥くん」  名前を呼びながら、僕のうなじに唇を這わす。そんな湊先生は可愛かったし、くすぐったかった。 「先生、くすぐったい」  身を捩って逃れようとすると、両腕でぎゅっと抱きしめられて身動きをとれなくされる。そのまま先生が満足するまで、うなじを舐められ、キスされる。たまに我慢ができなくなるのか、首輪に歯を立てることもあった。  ぎゅぅ、と革製の首輪が噛まれる。 「先生?」  さすがに不安になって、湊先生の方を窺う。いつもの柔和な目付きは、ぎらぎらと光っていた。いつもと様子の違う先生だったけれど、僕と目が合うと、首輪から口を離した。透明な唾液が糸を引いた。 「ごめんね、大丈夫だよ」  いつもの柔和な表情に戻って、指先で僕の髪を梳いてくれる。苦しそうな湊先生を見て、僕の理性は離れるべきだと訴える。けれど僕の本能は、まだそばにいたい、撫でられたい、キスされたい、食べられたい、と疼く。またあの寂しさと虚無感を味わうのは嫌だったし、湊先生に求められるのは気持ちがいい。  いっそこんな首輪など外してしまおうかと思っているが、それは湊先生と最初にした約束に反するので、口にしない。それでも一応訊いてみる。 「先生、僕と番になりません?」  また僕の首すじに鼻先をうずめてすん、すん、と鼻を鳴らしていた先生は笑って、「遥くんには早いって言ったよね」と言ってくる。 「むう」  僕は不機嫌な声を上げる。先生は苦笑した。 「情けない姿を見せてごめんね。遥くんはいいにおいだから、離れ難くて」  もうずっとこのままくっついていて欲しい。 「僕のヒートが終わらなければいいのに」  そうしたら湊先生を独占できるのに。思わず本音が零れたら、「それは困るでしょ、遥くん」と先生に苦笑された。 「困るけど、湊先生がずっと傍にいてくれる」  僕の断言に、僕がいつもいるとは限らないよ、とぐぐもった声で言われる。先生の鼻先はまたうなじにあった。 「そんなににおいます?」  思わず訊いてみる。 「僅かにね。鼻のいいアルファにはわかるよ。他の変なアルファに襲われないように、僕が送るらしいから」  そうか、明日の午後にはここでの生活も終わる。  

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