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第22話

 朝ごはんを食べて荷造りをすると、もう湊先生の家を出る時間になった。 「やだ、帰りたくない」  さっきから僕はそう言って湊先生のうしろにくっついてばかりいる。そうやって家中を付いて回るので、湊先生は苦笑し通しだ。 「帰らないと困るでしょう?」  湊先生は振り返って、僕を見る。僕はそれを見上げて「困らない」と答えた。 「困るよ。ここのマンションはアルファばかりがいるんだもの。遥くん、どうするの」  それには「ううう」と唸るしかない。湊先生が毎回休みをとってくれるとは限らないのだ。唸る僕を湊先生は笑って捕まえると、僕は先生の正面に立たされる。 「僕と番になりたいんでしょう? そうしたら、家に帰ろう?」  湊先生は屈んで、僕と目線を合わせる。メタルフレーム越しの柔らかな目は有無を言わせない。 「先生、ずるい」  僕が唇を尖らすと、湊先生はもう一度苦笑した。「大人は狡いんだよ」  くしゃくしゃと髪をかき混ぜられて、最終的に「うん」と言わされてしまう。僕が渋々肯首する頃に、出発する時間になった。全部先生の手のひらの上、だ。  荷物を持って、呼んだエレベーターに乗って、吹き抜けのエントランスに出る。そこから駐車場へ移動して、先生の車を探す。黒の車だ。  湊先生は慣れた様子で車のそばへ一直線に向かうと、トランクを開けて、僕の荷物を入れてくれた。 「ありがとうございます」 「どういたしまして」  そしてまた革張りのシートの助手席に座らせてもらう。やっぱり僕には少し大きな座席だ。シートベルトを締めながら、ふと思ったことを訊く。 「この助手席って、いつも誰が座るんですか?」  湊先生は「おや?」という顔をして、それから僕の髪を梳く。 「そんなこと気になるの? 遥くんが座るよ」  僕は一瞬歓喜してから、上手く躱されたな、と気付いた。 「そうじゃなくてっ」  エンジンをかけた先生は口元だけで笑う。目線は正面を向いていた。先生が運転中は、僕はもっぱらその横顔に話しかけることになる。 「『そうじゃなくて』?」  先生が駐車場から車を出しながら、訊き返してくる。 「普段いちばん多く座っている人は誰ですか、って訊いてるんです」  湊先生のいちばん親しい人は誰だろう。僕でありたいという気持ちと、きっと僕ではないだろうという気持ちがせめぎ合う。先生にもプライベートというものがあって、僕は今回そこにお邪魔させてもらっただけだという自覚はある。僕はまだ全然湊先生のプライベートに足を踏み込ませてもらっていない。  先生は「うーん、」と考える素振りをしてから、口を開いた。 「これは仕事用の車じゃないからなあ。最近は遥くんばっかり載せてるんじゃないかな」  これは本当だろうか。微妙に躱されている気がするのは、気の所為だろうか。僕が悶々としている間に、湊先生は「着いたよ」と車を止めた。  

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