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第25話

 湊先生にも馴染みの看護師にも甘やかしてもらったけれど、だからといって学校に行かなくてよくなる免罪符が出るわけもない。翌日僕はきちんと登校した。 「清水、おはよう」 「おはよう」  少し腫れものに触るような挨拶は、まあ仕方がないと思う。教室のオメガ性たちとは大抵すぐに打ち解けた。 「昨日は吃驚した」 「でも気持ちはわかるよ」  そう言ってくる大多数に、「ごめん、驚かせた」「ありがとう」を告げる。それとは別に、「ねえ、首輪に歯型があるって本当?」「歯型って誰の?」と尋ねてくる少数のクラスメイトには「内緒」とだけ答えておく。  それだけで少数のクラスメイトは「わあ」とざわめく。クラスメイトは僕を含め、多感な十代だ。「運命の番」という言葉に魅力を感じないわけがなかった。僕の革製の首輪のうなじ部分の歯型は、それを匂わせる。  運命の番に出会えたら、オメガ性は幸せだと思う。僕らオメガ性は、必ずしもそうなるとは限らない危険性を孕んでいた。比較的治安のいいこの学校の周囲でも、「君、いいにおいがするね」と声をかけてくる変質者アルファはいるし、教室が違うのに、「オメガのにおいがする」と乱入してくる別クラスのアルファ性もいる。  そんなやつらに何かの間違いでうなじを齧られたら、一生が終わる。それが僕らオメガ性の共通認識だ。  僕も湊先生と番にはなりたいけれど、それが運命の番かどうかはわからない。そうだといいな、と思うばかりだ。湊先生だって多分その自覚があるから、軽率に僕のうなじを噛んだりしない、のだと思う。 「清水」  僕が妄想に浸っていると、昨日僕の首輪に歯型がある、と言ったクラスメイトがばつの悪そうな顔で現れた。 「何」  僕は硬質な声で応じる。僕はこのクラスメイトに用はない。 「あ、その、」  言い淀むクラスメイトが何を言いたいかなんて、大体察せる。そこにもうひとりクラスメイトが入ってきた。 「清水、こいつのこと、許してやって」 「やめっ」  嫌な予感がした。 「こいつ、清水のことが好きなんだ。でもベータだから、」  ぱぁんっと頬を打つ、清々しい音が教室に響いた。僕の首輪に言及したクラスメイトが、もうひとりのクラスメイトを平手で打っていた。  それを見て、僕が教室から逃げなくても、僕が平手打ちをする方法もあったんだ、と当たり前のことに気付いた。僕にはいつの間にか、何かあったらすぐに逃げる、という常識が擦り込まれていた。 「ああ、平手打ちもいいね」  僕は喧嘩が苦手だ。きっと下手くそな平手打ちしかできない。それでも僕の首輪に言及したクラスメイトの頬を狙った。 「僕は君が嫌いだよ」  ぱひゅん、となんとも言い難い音が鳴った。  

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